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私と葺合高校 ~OB・OGは今~


第4回 久留島啓さん (NGOスタッフ)
     平成19年3月 国際科卒業
     早稲田大学国際教養学部を経て現職

 大学を卒業した後すぐにタイのチェンマイに渡り、「(特定非営利活動法人)Link・森と水と人をつなぐ会」というNGOで働き始めてから3年が経ちました。「世界にいる恵まれない人のために働きたい」そんな夢を持ち始めたのは葺合高校にいる時でした。そして、微力ながらも現在はタイの農村に暮らす人々の持続的な発展を支援する仕事をしています。

 卒業してから7年経って思い返しても、葺合高校で学んだことはいまの私にとって大きな財産となっています。国際科の一番の特色は、英語の授業にあります。教科書だけでなく、新聞や映画などさまざまな教材を使った授業や、クラスメイトとのディスカッションやディベートを通じてグローバル化やそれに伴う問題について学びました。高校2年生の時に修学旅行で行ったタイで見たスラム街も、当時の私には大きな衝撃でした。目の前の貧困が私にはガラス越しにあるように遠くの世界に見えてしまいました。日本にいてあたり前のように毎日3食ご飯を食べて学校に行っている自分がいかに恵まれているか、そして、その生活ができていない人が世界にたくさんいると思い知った時がいまの仕事に就くきっかけとなりました。次から次に知らなかったことを学び、友達と議論し合った高校時代は、とても楽しく充実した3年間でした。

 英語を使って、もっと海外と関わりたいと思った私は、高校卒業後、早稲田大学国際教養学部に進学しました。そこは、授業の9割が英語で行われ、学生の3割が外国人という葺合高校よりもさらに国際的な環境でした。世界の現状をもっと知りたいと思い、学生時代の4年間で10ヶ国以上を旅し、シンガポール国立大学にも1年間留学しました。こんなにも躊躇なくいろいろなことに挑戦できたのも、葺合時代の経験が私の糧になっているからだと思います。

 多くの国を旅行し、日本の国際協力NGOでのインターンシップなどをするうちに、本や教科書で学んだことと現実とのギャップに気付きました。そして、自分の目標のためには、開発途上国の現場に腰を落ち着けて地域の人たちと直接話をしたいと思うようになりました。同時に、これまでどこでも通用すると思っていた英語が通用しないという限界にも気付かされたのです。

 いま私は、LinkというNGOで開発ワーカーとしてチェンマイで働いています。小さな団体だからうまくいかないことも多々ありますが、タイ語を使って地域の人の小さな声を一つでも聞き逃さないように心掛けて仕事をしています。葺合高校から始まった私の夢は、社会人3年目に少しだけ形になってきたように思います。これからも初心を忘れず、日々謙虚に自分ができることを探し続けたいと思っています。