新・神戸の自然シリーズ1 神戸のトンボ
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3.トンボの一生とそのすがた

 この章では,トンボの生活史について少しくわしくお話したいと思います.とくに,成虫になって大空を羽ばたくまでの,あまり知られていない,トンボの発生,成長,生活史のコントロールなどのすがたを紹介します.

3-1.卵のはなし

 トンボの卵の形は大きくわけて,細長い円筒形またはバナナ形のものとだ円体のものとがあります.これはトンボの産卵のしかたと関係があるといわれています.ヤンマや均翅類のように,植物の茎や葉などに,産卵管を使って産みつけるトンボ(植物組織内産卵)の卵は細長い円筒形やバナナ形ものが多く,空中からばらまいたり,水面に直接産みつける(植物組織外産卵),産卵管が退化した生殖弁をもつトンボの卵はだ円体のものが多くなっています.いずれの卵にも前後の向きがあって,それぞれ前極後極とよばれます.植物組織内産卵をおこなうトンボの卵では,はしのややとがっている方が前極で,植物組織外産卵をおこなう卵では小さな突起が前極についていることが多いので,これらの特徴で多くの場合見分けられます.ふつう,ふ化のとき,幼虫は前極をやぶって出てきます.したがって,植物組織内に産みつけられた卵については,出口に近い方が前極になっています.


写真3-1.卵の形のいろいろ.a.オオルリボシヤンマ,b.アキアカネ, c.リスアカネ.矢印の部分が前極.t.卵歯.(渡辺庸子氏撮影).


写真3-2.植物組織内に産みつけられたアオイトトンボの卵.(渡辺庸子氏撮影).
写真3-3.卵をおおうジェリー状物質.オオヤマトンボ.(渡辺庸子氏撮影).

 トンボの卵の大きさは1mm内外ですが,必ずしも体に比例して大きくなるとは限りません.たとえばコオニヤンマという腹長60mmにもなるサナエトンボの卵(だ円体)は産卵時の大きさが0.75×0.40mm,トゲオトンボといわれる腹長35mm前後の均翅類の卵(細長いバナナ形)は産卵時の大きさは1.06×0.23mmという報告があり42),その大きさにあまり差はありません.また昆虫の卵は発生が進むにつれその大きさが大きくなることが知られています.トンボでは,ふ化の直前には,産卵時にくらべて1.7倍程度の体積になるものもあります.

 トンボの卵は殻におおわれており,これを卵殻といいます.卵殻のすぐ内側には卵黄膜といううすい膜があって,これらをあわせて卵膜とよびます.水面に直接産み落とされる卵殻のまわりにはほとんどの場合特異な形をしたジェリー状の物質が観察されます.これは水にふれるとねばり気をもつようになって,他のものに付着するのであろうと信じられています.とくに流水に産み落とされるトンボの卵には,流されないための特異な構造物があることが知られています.渡辺庸子氏はメガネサナエの卵で,前極に吸盤形のジェリー様物質が裏返しになった状態でくっついており,それが水中に入ると何らかの刺激で反転することを発見し,これによって水底の石の表面などにはりつくと考えました.

 古くはフランスのトンボ学者ロベールがその1958年の著書の中で,ヨーロッパのサナエトンボの一種ゴンプス・プルケルスの卵が同様に水底の岩石にはりついた図を掲げています.じつはこのようなしくみはアユの卵でも知られており,この場合,底の石などに卵がふれると卵膜が反転しそれに付着するといわれています.アユは流れで産卵しますが,同じように流れで産卵するメガネサナエに類似のしくみが進化しているのは,自然の取るべき手段が似かよっているという点で興味深いことです.

写真3-4.メガネサナエの卵とその付属物.(渡辺庸子氏撮影).

 ウチワヤンマの卵には糸状の構造物が折りたたまれた形でその後極についていて,水にふれるとほどけてのび,水中のモなどにからみついて卵を固定するものと考えられています.ウチワヤンマは池のような流れのない水域(止水)にすむトンボですが,この卵のつくりは,その祖先が流水生活者であったのではないかということを想像させます.現にレスティノゴンプス・アフリカヌスという同様の構造物をもつアフリカのサナエトンボは,急流に生息する種として知られています.同じアフリカのサナエトンボ,イクチノゴンプス・フェロックスでは,腹から取り出した卵についている同様の糸状の構造物は,生理食塩水(体液と同じ濃度の食塩水)中ではほどけず,真水にふれると広がることが知られており,浸透圧(濃度差によって生じる圧力)が関係していると考えられています.つまり,卵が体内にあるときには糸は折りたたまれていて,放出され水にふれたとたん糸が広がり,水中のものにからみつくというわけです.

 卵をつつむジェリー状物質でさらに極端なものとして,トラフトンボのようにひも状になって卵塊を形づくるものがあります.卵の大きさこそちがいますが,これはもうカエルの卵塊そのものという感じです.

写真3-5.ウチワヤンマの卵とその付属物.(渡辺庸子氏撮影). 写真3-6.トラフトンボの卵.(新村捷介氏撮影).

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