新・神戸の自然シリーズ1 神戸のトンボ
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3-2.精子と染色体のこと

写真3-7.グンバイトンボの移精行動.(二宗誠治氏撮影). 写真3-8.オニヤンマの精子の染色体.mがミクロクロモソーム,XがX染色体.(片谷直治氏撮影).

 トンボの精子の形態についてはいくつかの報告はあるものの,まだ体系的に調べられた研究はないと思います.多くの昆虫の精子は,学校の教科書でよく紹介されるヒトやウニの,オタマジャクシを連想させる精子の形とは異なっています.頭部が丸くふくらむことがなく全体がほっそりとした形をしており,低倍率では糸くずが散らばっているようにみえます.

 精巣の中で完成された精子は貯精のうというふくろにたくわえられ,交尾を前にしておこなわれる移精という行為によって,オスの第二の生殖器である副性器に渡されます.そして交尾によって,副性器からメスの生殖器内に精子が送りこまれます.

 最近,この交尾のときに受け渡される精子の状態とトンボの生殖行動の間に関連があるのではないかという興味ある仮説が提出されました.副性器に移されたトンボの精子を顕微鏡で観察すると,種によって,たくさんの精子の頭部が透明な物質につつまれるようにしてひとかたまりになった状態のものと,個々の精子がバラバラで存在するものとがあります.

 前者のグループには,ムカシトンボ,ダビドサナエ,オグマサナエ,オニヤンマ,オオヤマトンボ,イギリスのマダラヤンマなどがふくまれ,その生殖活動の特徴として,交尾は産卵場所から離れておこなわれること,メスは交尾後すぐには産卵を始めず交尾と産卵の時間間隔が離れていること,また産卵時にオスによる警護行動が行われないなどの傾向があることが指摘されています.

 それに対し後者のグループには,マンシュウイトトンボ,アオイトトンボ,ミヤマカワトンボ,ニシカワトンボ,ヒガシカワトンボ,タイワンウチワヤンマ,カラカネトンボ,シオカラトンボ,ヨツボシトンボなどがふくまれ,その特徴として,オス・メスがともに産卵場所に集結して生殖活動をおこない,交尾は産卵場所でおこなわれ,ふつう交尾の後すぐにオスの警護を受けながら産卵を始めるなどの傾向があることが指摘されています.

 一つの解釈として,かたまりになった精子は寿命がより長くなるという考え方があって,この点がこれらのトンボの生殖行動と一致するといえます.この説はまだ検討されている材料が少なく,また単独産卵のマンシュウイトトンボのように例外があって今後変更される可能性はありますが,興味深い視点を持っています.

 トンボの精子は,染色体の研究材料としてもよく利用されています.精巣ではさかんに細胞分裂が起きていて,多数の精子が作られています.そのときに現れる染色体をみるわけです.数多くの日本産のトンボについて,核型(染色体の大きさや形およびその数)が調べられています.

 染色体数はトンボの種によって異なっていて,オランダのトンボ学者キアウタ博士が351種類のトンボについてまとめたところによると,半数体(染色体の1セット,体の細胞にはこの2倍の数がある)で3本から15本の範囲にあり,13本がもっとも多く全体の55.9%となっています73).ちなみにヒトは23本です.またミクロクロモソームという非常に小さな染色体がふくまれていることがトンボの特徴です.これはすべての種にあるわけではありませんが,おもしろいことに,同種であるにもかかわらず地域個体群によってあったりなかったりすることがあります.染色体の形や数,つまり核型は生物の種によって厳密に決まっているとふつうは考えられていますから,トンボにおけるこの状況はとてもおもしろいことといえるでしょう.

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