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〒654-0049 
兵庫県神戸市須磨区
    若宮町2-1-21
       078(731)0007
       078(731)0025 
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若宮小学校の歴史

昭和38年度(1963年) 
 
 みなさんもご存じのポートタワーが完成したこの昭和38年。東海道新幹線の開通する1年前であるこの年に、名神高速道路(正式には一部)が開通しました。昭和38年7月16日、栗東IC(滋賀県)~尼崎ICの71.7キロメートルの開通は、日本で最初の高速道路開通と言うことでした。
 教育においても大変大きな制度が始まった年になりました。「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」(昭和38年12月21日公布、同日施行)に基づき、昭和38年度小学校第1学年について実施され、以後、学年振興方式によって毎年拡大され、昭和44年度に、小・中学校の全学年に無償給与が完成し、現在に至っています。(文部科学省HPより)
  2020年度(令和2年度)小学1年生配布教科書 
① 
② ③ 
【①】第9代 尾崎 政治校長先生と卒業アルバムの卒業生へのメッセージ
【②】昭和38年度職員写真
【③】昭和38年学級写真
④  2020年
⑤  2020年
⑥ 
【④】昭和38年 朝会の様子・現在の朝会の様子
【⑤】昭和38年 音楽の授業・現在の音楽の授業
【⑥】昭和38年 家庭科調理実習の様子

昭和39年度(1964年) 
 
 この年の日本・神戸をまずは振り返ります。高度経済成長の象徴でもある新幹線。東京オリンピックの開催とともに、最高に勢いのある時代でした。
 東海道新幹線は、昭和39年10月1日に開業しました。「夢の超特急」と言われたこの新幹線ですが、ひかり号を「超特急」こだま号を「特急」と区別していました。開業当時のひかり号の最高速度は210㎞/h。東京~新大阪間を4時間(こだま号は5時間)かかりました。(新橋ー神戸間が開通した明治22年の新橋ー大阪間は19時間もかかっていました。)ちなみに、平成30年の新幹線(のぞみ号)の最高速度は285㎞/h。東京ー新大阪間は2時間22分、2027年に開業を目指すリニア中央新幹線が完成したら、最高時速505㎞/hとなる予定です。すごい進化です。
 東京オリンピックは、昭和39年10月10日~24日までの15日間で開催。参加国・地域は93、参加人数は5,152人、開催種目は20競技163種目でした。来年開催予定の東京オリンピック2020を見てみますと、令和3年7月23日~8月8日の17日間で開催予定。参加国・地域は205(予定)、参加人数は12,000人(予定)、開催種目は33競技339種目1エキシビジョン(予定)だそうです。予定通り開催されることを願うばかりです。
 電話の市内局番が2ケタになったこの年、この年までは1ケタでした。また、現在の3ケタになるのは昭和46年の7年後になります。
① 
② ③ 
【①】第10代 高田 忍校長先生と卒業アルバムの卒業生へのメッセージ
【②】昭和39年度職員写真
【③】昭和39年学級写真(6年生)
④  2020年
⑤ 2020年
⑥ 
【④】昭和39年 社会の授業・令和2年 社会の授業
【⑤】昭和39年 体育の授業・令和2年 体育の授業
【⑥】昭和39年 水泳の様子
【⑦】昭和39年 朝会の様子
昭和40年度(1965年) 
 若宮小学校の27年目、今回は昭和40年度を振り返ります。残念ながら、卒業アルバムがなく、学校の記録写真もない年ですが、ご覧ください。
  
 今のわかみやっ子も休みの日や放課後の時間に遊ぶ、衣掛公園が作られたのがこの昭和40年です。今年(2020年)で55年目になります。保護者のみなさんも遊んだ公園だと思いますので、親子2代が過ごした公園になっています。

昭和40年 衣掛公園が作られる様子 (創立50周年記念誌より)
   2020年
 もう1枚の記録写真は、神戸市電の写真です。(創立50周年記念誌より)
 
 神戸市電は、東は石屋川駅(東灘区)、西は須磨駅(須磨区)、北は平野駅(兵庫区)と、明治43年から少しずつ路線を拡大しながら昭和46年までの期間、神戸市民の足となりました。若宮小学校の最寄り駅(電停)は、若宮橋か須磨水族館前(開業当時は須磨浦通4丁目)だったのでしょうか。1926年(大正15年)6月に大橋9丁目~離宮道間が開通していますので、その頃から若宮小学校の前を市電が走っていたのでしょう。

 この年は、創立50周年記念誌の記録に、台風23~25号による3日連続の休校と記載がありました。特にこの年の台風23号に関しては、今も最大風速として記録の残る大変大きな台風だったようです。

昭和41年度(1966年) 
 若宮小学校の歴史、昭和41年です。この年は卒業アルバムも、記録写真もない年になっていますので、コメントばかりになってしまいますが、ご覧ください。
  
  ① 
【①】第10代 高田 忍校長先生
【②】昭和41年 職員写真
 若宮小学校28年目の昭和41年度。ところどころ学校設備の工事が必要になってくる時期ですので、今年と同様に、夏休みに工事が進められています。創立50周年記念誌からその年のできごとを抜き出しているのですが、「PTA教室棚工事奉仕」というできごとが紹介されています。これだけではよくわからないのですが、「PTAで教室の棚の工事を奉仕で行っていただいた」ということになるようです。
 さて、この年の日本のできごと。ビートルズがハッピを着て、飛行機のタラップから降りてくる場面を昭和の映像で見たことがあると思いますが、それがこの昭和41年ということです。また、サッポロ一番しょうゆ味・ポッキーと今も販売されているものが新発売された記念すべき年でもあります。また、ママレモンという響きをなつかしく感じる人もいるのではないでしょうか。「手をあらさない洗剤」というキャッチフレーズで売り出された食器洗剤です。調べてみると現在も販売されているようです。子供のころの食器洗剤といえば、「ママレモン」だったというご家庭も多かったのではないでしょうか。

昭和42年度(1967年) 
 若宮小学校の29年目である、昭和42年を振り返ります。
 
 神戸の町がどんどん開発され、元気いっぱいなこの年は、若宮小学校第11代 中山校長先生が就任された年でした。1868年(慶應3年)大政奉還を受けて、明治天皇により王政復古の大号令が発せられ、江戸幕府が廃止された直後に開港した神戸港。この年は、100年祭とのことで、5月15日・16日の2日に渡りお祝いがされました。この当時は、「日本の輸出入の4割以上を扱う、日本一の貿易港に発展した」とニュースでも報道されるほどの発展でした。
 須磨離宮公園が開園したのもこの年でした。自然豊かなこの公園には、若宮小学校の児童たちもたくさんが行ったことのある身近な場所です。
 
4月、1年生の教室に掲示されていた須磨離宮公園を紹介した絵
 さて、この年の記録に8月「焼却炉工事着工」とあります。今ではもうなくなってしまっていますが、学校には焼却炉があり、掃除で集めたゴミなどは、燃やして処理していました。先生の記憶が正しければ、今から20年ほど前までは焼却炉があったように思います。煙などが出ることもあり、子供たちの健康面に配慮し、焼却炉を使用してはいけないようになり、徐々に学校から姿を消していきました。
 第11代 中山 鶴太郎 校長先生  
① 2020年
② 2020年
③ 2020年
【①】昭和42年 朝会のようす・令和2年の朝会
【②】昭和42年 給食のようす・令和2年の給食
【③】昭和42年 理科実験のようす・令和2年の理科実験
 昭和42年の給食の写真を見て気づかれた人もいると思いますが、この当時の給食はみんなが前を向いて食べています。ひとつの机で2人が食べていますが、ひとり1台の机になるのはもう少し先のお話です。