神戸の自然シリーズ10 六甲山のブナとイヌブナ林
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イヌブナ林のしくみ 2ー調査の整理


 野外で測った1本1本の胸高直径の測定値から断面積を求めます。これもかなり単調な作業です。つぎにこの断面積を種類ごとに集計し、さらに1ヘクタール当りに換算をします。この結果はグラフに示しましたように、イヌブナが断然大きい面積を占めているのがわかりました。そしてイヌブナ1号林全体の合計が43.1平方メートルです。ほかのイヌブナ林ではかなり違いはあるものの、40〜60平方メートルの範囲内に入っています。この値は日本の落葉林の平均的な範囲に入っています。胸高断面積の合計の測定面積に対する比は1号林では0.43パーセント、カーブ100番では0.57パーセントです。

図3.イヌブナ林の階層ごとの胸高断面積比(カーブ100番の北斜面)

 この胸高直径の断面積と樹高の測定値は、森林の研究者からは、樹木の生長と光エネルギーとの関係などいろいろ活用されています。

 木の種類ごとに断面積を集計するわけを考えてみましょう。ふだん私たちは森をみたとき、直観的に何の木の繁りぐあいが多いかをみています。一番よく繁っている木の名前をさしてアカマツ林とか、コナラ林といっています。これは表現を変えれば、葉のひろがり(樹冠面積)の多少で林のタイプをきめる科学的な方法と同じだといえます。樹冠面積は平らな土地であれば、林内に入って真上を見上げて、種類ごとの葉のひろがりを比べることが可能です。ひとつの方法としてある木の枝先きの真下に立ち、顔は枝先きを追いながら、つねにその真下を歩き、動物の尻尾のように棒で線を引いてまわりますと、地面にその木の枝のひろがりを、そっくりうつしとることが可能です。それを縮めて図化すれば種類ごとの樹冠面積比が求められます。しかし、六甲山のイヌブナ林のような急傾斜地では、この方法はとても無理です。ところがよくしたもので幹の太さと葉のひろがりとはほぼ比例していますので、幹の断面積の代用がきくわけです。

 イヌブナ1号林と、六甲最高点近くの北斜面の750メートルのイヌブナ林の調査をまとめました。種名の右の欄は方型区内で確かめたそれぞれの木の本数です。これは林はひとつであっても、1.5メートルの高さで分れておれば1本に数えています。胸高断面積は1本1本の断面積を集計しました。単位は平方センチです。つづく2つの欄は、それぞれの樹種で一番大きい木の高さと胸高直径です。この2つの方型区は高度と傾斜は共通しているのですが、広さが違います。イヌブナ1号林は10メートル×20メートルの長方枠ですが、最高点下は20メートル×20メートルです。出現種数、個体数、胸高断面積のいずれもイヌブナ1号林よりは大きくなっています。北斜面のイヌブナ林の出現数の多いのは、方型区内にあるアカマツの風倒木跡に生えている草木や低木が多いためと思います。上の円グラフは、後者のイヌブナ林の階層ごとの胸高断面積比です。高木ではイヌブナ、亜高木はシラキ、クリ、コハウチワカエヂ、低木ではアセビ、シラキ、ウンゼンツツジが優占しています。

表2.六甲山のイヌブナ林の毎木調査(1981年10月調査)

 六甲山のイヌブナ林の特徴をこの方型区と、これまでの私たちの調査結果からみますと、次の点があげられます。

 1、ヘクタール当りの胸高断面積は、日本での落葉広葉樹林の平均的な 値の40〜60平方メートルの中に入る。

 2、広葉樹が多く、針葉樹が少い。とくにモミ、ツガ、コウヤマキは六甲山のイヌブナ林では自生していないようである。

 3、広葉樹では落葉樹が多く、常緑樹は少い。アカガシやウラジロガシなどはイヌブナ林の中に混生している例は少い。

 4、ブナとイヌブナは混生していて、イヌブナは450メートルぐらいから出現しはじめ、700メートルから800メートルに出現頻度が高く、750メートルあたりがもっとも高い。ブナはさきにも述べたように南斜面では760メートルから、北斜面では680メートルから出現しはじめ、850メートルぐらいまでみとめられる。

 5、イヌブナ林もブナと同様に2次林的要素が強い。

 以上のようなことが読みとれましたが、もう少しイヌブナ林について書いてみましょう。

 それでは、イヌブナ林を横から眺めてみましょう。このスケッチは、さきの調査のときに特定の任務をもたない人が書いたものです。方型枠から離れて立ち、5メートル幅の中に生えている木の立体断面です。このスケッチは林のしくみをよくあらわしています。箇条書にしますと、

 1、高い木のイヌブナ、ミズナラなどは15〜20メートルとほぼ高さがそろっ ている(高木層)。

 2、シラキ、リョウブ、タンナサワフタギ、などは5〜10メートルの範囲内にほぼそろう(亜高木層)。

 3、モチツツジ、コバノミツバツツジ、クロモジなどはもっとも低く1.5〜5メートルの中におさまる(低木層)。


図4.六甲山南斜面(極楽渓740m)のイ   ヌブナ林

図5.1ha当りに換算した胸高断面積
(A・北斜面カーブ100番B・同95番C・Dイヌブナ一号林極楽溪)


 このようにイヌブナ林は、高木層亜高木層低木層の3つの階層にかなり明暗に区分されています。地面にはうように生えている草や幼樹(草本層)を加えると四段階に分れます。面白いことに高い木をみると、たがいに枝先きは行き交わないで自分の領域をわきまえているかのようです。亜高木層は、高い木のすき間に生えている形になっています。亜高木と低木との関係も同じです。低い木でも太陽の光がうまく受けとめられる自然の巧妙なしくみがよくわかります。


写16.イヌブナ林では高木と低木とがはっきり分れている。

写17.年輪測定のスナップ。

 さきに調べた胸高断面積の集計では、この方型区ではイヌブナは全体の73.1パーセントでした。立体断面図から推定を試みても、その値はさして大きい見当はずれでないといってよいでしょう。

 イヌブナ林の4つの階層構造がはっきりしている林ほど古い大きい木が多いようです。こんな場合とは逆に階層区分のはっきりしない林ほど若い木が多く、20メートルをこすような高木はまだ育っていません。植物の種類数も多く、その様子から林内のものが懸命に競争しているような感じをうけました。

 私たちが山道を歩いているとき、道ばたには草や低い木が雑然と生えて、林の中に入ろうにも、とてもじゃないがくぐりぬけられそうにないところがあります。沢沿いの新しい崖崩れの所や倒木跡に生えている草や木も、これによく似ています。サルトリイバラやナガバノモミジイチゴなどの棘をもつ蔓植物が幾重にもバリケードをつくっています。こんな所は、生れたばかりの林で、まさにかけだし時代といえます。さきのイヌブナ林のように整然とした社会秩序が完成されていないのです。

 充分に成長した林の内部は大変歩きやすいものです。大手を振ってというぐあいには歩けませんが、ヒョイ、ヒョイと身をかわしながら、木立の間を通り抜けられます。森や林の静寂を楽しみつつ散策できるのは、こんな林のたたずまいを持っている所です。

 歩きづらい所は、山火事跡、伐採跡、山崩れ、倒木などで、林として正常な成長の順序をふみはずす事件の発生をみた所なのです。
 では、イヌブナ林内の歩行が自由に楽しめる安定した林相に成長するには、六甲山では何年ぐらい要しているのでしょうか。
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