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あとがき
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六甲山の植物とのつき合いをはしめて、3年になりました。この本にとりあげたイヌブナ林は、私たちの調査のペースからみれば、まだ2、3年のちにまとめるべき内容だと思います。六甲山のイヌブナ林も見つけたばかりなので、まだ全体をまとめきっていないし、六甲山以外のイヌブナ林にいたっては、ほとんど見ていません。とくに私たちは全員が一緒に歩く方式をとっていますので、回数のわりには調査面積がせまく、能率はあがっていません。調査の途中で分担方式に切りかえて、広範囲をカバーしようと思ったのですが、私たちにとっては、全員が同しものを見ておくことのほうが大切であると考え、分担方式の調査はやめました。
昭和57年2月、この本の原稿を印刷所に渡したあと、六甲に登りました。いつものイヌブナ林へと、足どりも軽く北斜面をおりたのですが、驚くべきことに砂防工事の索道取付のため、目あてのブナは無惨にも伐り倒れていました。たぶんブナを伐った人は、ブナのもつ意味を知らなかったに違いありません。
もう少し早く、この本がでておれば、このような悲劇は避けられたかも知れません。
今回も多くの方にお世話になりました。
神戸大学の中西 哲・武田義明・服部 保の諸先生、大阪市立自然史博物館の布谷知夫さん、大阪市立大学の中静 透さん、岩谷山荘の米村邦稔さんには植生調査のご指導や調査の便宜をはかっていただきました。神港ジャーナル社からは表紙写真など「こうべ」106号に掲載した写真の提供をうけました。誌上をかり、厚く御礼申し上げます。
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