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1−1.アカシ象の産状は語る
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今回発掘されたアカシ象はどのようにして地層の中にとじこめられたのだろうか。
この問題を解くカギは二つある。一つは化石の産状、アカシ象のどの部位がどのように配置しているかということである。もう一つは化石を含んでいる地層そのものの情報である。
まず地層の情報から考えてみることにしよう。すでに書いたように化石のうずもれていた地層は細粒の砂とシルトが交互にたまってきれいなラミナ(葉理)を示す地層である。一番厚いところで3.2m。その下面は舟底のような形をしており、北東方面に十数m伸びる。このシルト層の上位と下位は青緑色の粘土層であり、下位の粘土層には厚さ5cmの火山灰層がはさまれている。下の粘土層と火山灰層はシルト層によって削り取られている。
これらのことから何が分かるのだろうか。青緑色の粘土層は、湖底に静かに堆積したものである。シルト層はその粘土を削り込むようにして北東方向から南西方向に向う流れによって運ばれてきたと考えられる。このような堆積物はチャネル堆積物と呼ばれている。このチャネル堆積物の最下部に象の骨は横たわっている。このチャネル堆積物は、上部で再びだんだんと青緑色粘土層に移りかわる。河川による水流のいきおいがおとろえ静かな湖へと変化したのだろう。
河川の流れによって運ばれてきたシルト〜砂のたまった場所はタニシ、カワニナ、ドブガイなどの住む湿地のような場所であったのだろう。そこには木材、木の葉、木の実なども流れてきてたまっていた。
シルト層とは言っても正確には細粒の砂とシルトが交互に堆積し1cm〜数cmの互層になっているのは、水流の勢いが常に変化していたことを示している。しかも堆積物の中には全くレキがふくまれていなことから考えて、れはそんなに強い勢いを持つものではなかったと考えられる。
さて、アカシ象の骨はどのような状態でこの場に運ばれてきたのだろう。一つの考えは、この地点からかなり離れた所でバラバラになった骨が水流によって流され集められたという考えである。二つ目の考えは、象は、この場で死んでそのまま埋もれたというものである。三つ目は、他の場所で死んだ象は形を保ったままここに到達し、ここでバラバラになったというものである。
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アカシ象と共に出てきた淡水貝
左:ドブカイ、右:オオタニシ |

チャネル堆積物の微細なラミナ
(細砂・シルト互層)
ラミナは乱れている。下部は粘土層。 |
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火山灰層と青粘土層はチャネル堆積物によって削られている。
チャネル堆積物基底の等深線図
(基底 標高106.47m)
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| 発掘された化石の産状 |
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(次ページに続く)
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