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北の六甲断層帯 1−白水峡(はくすいきょう)の観察
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六甲山地の北側に低い凹地帯が続いている。それは六甲の山なみの北のへりをふちどる線であり、境である。
この直線的にのびる凹地帯は、900キロメートルの高さから撮影したランドサット(地球資源技術衛星)写真にも、くっきりと映しだされている。
同じような凹地形は、この画面内にいくつも見られるが、六甲山の北側のそれには川が流れていないことで、他の地域と大きく異なる。川は、たえず川底をけずりこんで、その深さを増し、川岸を流しとっては川幅をひろげ、そして山の斜面を足許からずり落としている。
地表の複雑な起伏のパターンを作りだしているのは、雨水であり川の流れである。
その川の流路に似た凹みが、水の少い六甲山の北側にあるのはなぜだろうか。
それは、ここが六甲山地で最大の規模をもつ断層破砕帯であるからである。
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その断層破砕帯のようすは、有馬温泉の東約2キロメートルのところにある白水峡で詳しく観察できる。白水峡へは、有馬温泉から宝塚へ向うバス道路を歩いて30分たらずで行けるが、自動車なら数分で白水峡霊園前に着く。
霊園前を東へゆるい勾配の坂をのぼると、眼前に、広さは数ヘクタールだが、白い地肌が直接むきだしにあらわれた、いかにも荒涼殺伐とした風景が急にひらける。
白っぽい岩の表面には雨水でけずりとられたり、溶かし去られた跡が、まるで噴火口の壁のように無数の巨大な割となって刻まれている。
手近にある花こう岩の岩壁をハンマーでたたいてみると、ボテッと鈍い衝撃音がかえり、岩石特有のあのカーンという音や、確かな手応えはない。ハンマーのとがったほうでたたくと、グサッとささる。岩の新鮮な面をみょうと、けずっても、けずっても、このボテボテの状態は内部に向って続く。
いま通りすぎてきた白水峡霊園で墓石の列をくんでいる、あの堅い花こう岩と同じものが、どうして、こうも軟弱でルーズな状態に変りはててしまったのであろうか。
それは、何か強大なカが花こう岩に加えられ、粉々に砕かれた状態と、そこへ雨水がしみこみ、水に弱い長石を溶かすという変化との二つの過程が考えられる。雲母も同様に加水分解をうけ溶脱してしまったに違いない。そして、粒子の結びつきが強く、安定している石英のみが、ほぼ原型を保って、砂粒として残っている。
このような変化は、きわめてゆるやかに進行してきた。おそらく10万年以上もこのような状態が続いていたものと思われる。いま、ここでみる花こう岩の風化の状態、つまり、水のある所では白色粘土状になり、乾いた所では白色粉末状になっているのは、そうした長石の挙動のひとこまである。
雨のとき、六甲から流れくだってきた水は、ここへきて、膨潤した長石の風化物を溶かしこんで、白い水の濁流となる。白水峡の名は、この白い流れに対して名付けられたのであろう。
ところで、花こう岩を粉々に砕いた強大なカとは何か。それは、この本の主題でもある断層にかかわる。
200万年という途方もなく長い期間、六甲山地を含む近畿地方には東西方向に圧縮するカがじわじわと加わっていた。それが限度に達すると、堅い岩盤も割れてしまう。その大きな割れ目に沿って岩盤がずれ動いたのが断層である。同じ六甲山地内でも、この白水峡のように断層の集中した所では、岩石は粉々に壊れ、そうでない所では、石碑に利用される良質の石材が切り出せる。
断層による岩盤のずれと、それに伴って生じた破壊のようすを細かに観察できる断層面が、この白水峡の北西のすみにある。
バス道路に面して、崖がおおいかぶさるように青黒色の岩肌をみせてきり立っているが、崖から少し離れて白っぽい岩蜂がある。この両者の接触している所は、道路からみてもややくぼんで見えるが、ここにその断層面がある。
足許に気をくばりつつ、20メートルばかり登ると、北側の青黒色のゴツゴツした感触の岩は流紋岩で、南側の白っぽいサクサクしたのが圧砕された花こう岩である。岩質の違う2種の岩石が幅1メートルほどの黒褐色粘土を間にはさんでつながっている。そこをハンマーで掘ると粘土は新鮮な緑灰色にかわり、地面の黒褐色は酸化をうけたための色調であることがわかる。粘土は、断層によって大地がずれ動くとき、その摩擦で岩石がつぶされ、それに水が加わってできたもので、とくに断層粘土と呼ばれる。また、この白水峡の花こう岩のように、断層の動きによって岩石が圧砕化されている範囲を断層破砕帯と呼ぶ。
ここの断層粘土を注意深く堀り下げると、表面に油を塗ったょうなテラテラした光沢をもつすべり面の跡が幾重にもあらわれてくる。それは魚鱗に似た形のものもあれば、熊手で引掻いた跡に似たものもある。これは、かつての断層の動きを記録している、いわば断層の化石である。もし、ある方向を示す、すべり面を1回の断層の動きに数えると、ここには数えきれぬほど数多くの断層活動の起ったことが読みとれる。
この断層粘土帯は北から西へ70度の方向にのび、北へ80度の急角度で傾いている。
ここからは白水峡の全体が見渡せる。この断層破砕帯はほぼ東西にのび、その幅は六甲山の中腹にまで到達しようとしており、およそ500メートルに及ぶ。500メートルというこの断層破砕帯の幅は、六甲山地では最大級のものである。
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六甲断層の断層面
白水峡のバス道路から見上げた写真、花こう岩と流紋岩が断層枯土(口総力ラー,2ページ)をはさんで接している.花こう岩には小さい断層がいくつも見られる(昭42撮). |
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