神戸の自然シリーズ1 六甲の断層をさぐる
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六甲山地とその周辺の地質

 六甲山地は世界有数の断層の多い山地であることは、地球科学研究者の間では、広く知られた常識である。六甲山地に見られる数多くの断層の成因は、この山の生い立ちに深くかかわっている。

 長い間、六甲山地の断層系の研究に打ちこんでこられた藤田和夫氏(大阪市立大学)らの論文から、この山の生成の道程をたどつてみたい。

 それには、まず六甲山地およびその周辺地域の地質のしくみを理解しておく必要がある。これらの地域をつくっている岩石や地層の種類とその形成時期などについて、ひとわたり概観しておこう。

六甲山地とその周辺の地質
(藤四・笠間1975,宝塚市史).


六甲山地の花こう岩類

 六甲山をつくっている花こう岩類には、六甲花こう岩、布引(ぬのびき)花こう閃緑(せんりょく)岩、土橋(どばし)石英閃緑岩の三つのタイプがある。

 六甲花こう岩は、石材として有名な御影(みかげ)石のことである。おもに石英、斜長石、カリ長石、黒雲母などの造岩鉱物でできている。とりわけ淡桃色のカリ長石は研磨効果がいちじるしく、これが御影石の名をひろく、ひろめた原因である。

 六甲山体の大部分は、この六甲花こう岩でつくられている。

 東灘区の荒神山で採集した六甲花こう岩の黒雲母を試料にして、ルビジウムーストロンチウム法で年代測定をした結果、8,700万年前、カリウムーアルゴン法では7,500万年前に形成されたとの結果がでている。

 布引花こう閃緑岩は、六甲花こう岩にくらべると、黒っばい。それはカリ長石がぐんと少く、それに代って緑黒色の角閃(かくせん)石が含まれているためである。おもに石英、斜長石、角閃石、黒雲母などの造岩鉱物でできていて、六甲山地の南麓に分布している。

 その生成時期については、六甲での試料の測定例はないが、この布引花こう閃緑岩が属する領家型花こう岩類では、1億1,000万−6,000万年前という結果が得られている。

 土橋石英閃緑岩は、昭和42年に完成した六甲山トンネル内や、その周りの狭い範囲内に分布するもので、笠間太郎氏(大阪市立大学)によって、新しく命名された。

 どちらかというと、その見かけは黒っぽい花こう岩の部類に近い色調である。とくに角閃石の針状結晶がめだつ。おもな造岩鉱物は、石英、斜長石、角閃石、黒雲母である。年代測定例はない。

 六甲山地のこの三つのタイプの花こう岩類は、いずれも中生代末の白亜紀におこった大規模な火成活動の生成物である。


有馬層群の流紋岩類

 六甲山地の北側にある帝釈(たいしゃく)山地や有馬温泉付近の地質には、火山活動で噴出した凝灰岩や凝灰質角レキ岩からできている。これらの岩石は、流紋岩に属するもので、有馬層群とよんでいる。さきの六甲花こう岩とほぼ同じ時期に噴出してきた岩石である。

 有馬温泉の近くのトンネル工事場で、六甲花こう岩の熱の影響を流紋岩がうけているから、六甲花こう岩よりは、早くできていたことになる。

 帝釈山地の金剛童子(こんごうとうじ)付近にある流紋岩の噴出時期は、もっと新しく、新生代の古第三紀ごろと推定されている。


丹波層群(古生層)

 黒っぽい泥岩や砂岩、チャートなどからなり、丹波山地に広くひろがっているが、六甲山地でも東灘区本山北方の金鳥山や北区山田町衝原(つくはら)付近に分布している。約3億年前の海底に堆積した地層である。


神戸層群

 西神戸の白川から三田盆地にかけてひろがる地層で、砂岩、泥岩、レキ岩、凝灰岩からなる。

 約1,500万年前(新生代新第三紀中新世)の湖底に堆積した地層で、かつては白川台付近に保存のよい植物化石を多産したが、いまは住宅地となり採集できなくなった。


大阪層群

 大阪平野から六甲山南麓一帯に分布する地層で、粘土、砂、砂レキ層などからできている。約200万年前(新生代第四紀)から引続いて堆積した。ときには現在の大阪湾のように海が入った内湾であったり、また、ときには海がしりぞいて湖になったことなどを証明する興味深い化石を多く含んでいる。アカシ象やナウマン象の化石も産出する。

 六甲山地が丘陵性の低い山地から、上昇に移り、いまの六甲に成長してきた過程が、この大阪層群の分布などから推定される。

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