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1.潜函(ケーソン)で海底下にもぐる
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ポートアイランドと国鉄三宮駅とをつなぐ新交通システムの建設工事が、いま、急ピッチですすめられている。
ポートピア・神戸博覧会の入場者の足となり、毎日の通勤者の足を確保するポートピア大橋の鉄橋は、長さが522メートルあり、その重量は約6,000トンもある。これだけの重さを、海底にひろがる水分を多く含んだ軟い地層では、とうてい支えることはできない。そこでこの軟弱な部分をとりはらい、鉄橋の重みに耐えられる地層の面まで掘り下げ、橋の基礎をしっかり据えねばならない。それに必要な支持力をもっている地盤は、すでに行なったボーリング調査で、海面下24メートルの深さにあることがわかっている。その地盤がでてくるまで、海水を遮断し、湧きだしてくる地下水を空気圧で押えこみながら海底から掘っていくのが潜函(せんかん)工法である。掘削作業が行われる海底下の潜函作業室に入れてもらえば、そこには玉津環境センターで調べた地層よりも古い時代の化石がみつかるかも知れないし、さらに予期しない新しい事実が発見できる可能性もある。そこで私は貿易センタービルにある神戸新交通株式会社を訪ねて、潜函作業室への入函を依頼した。
私はこれまで90回近い潜函内での地層の調査を経験しているが、その都度、潜函工事関係者から非常な協力と援助をうけてきた。何しろ、海底下のことであるから、充分に安全対策はされているといっても、ひとつ間違えば、生命にかかわることになりかねない。今回も工事関係者の理解と協力で入函できるようになったものの、やはり緊張の連続であった。
潜函に入るには、まずマンロックに入る。マンロックは入函するときの加圧室であり、出てくるときの減圧室であって、いわば気圧調整室である。その外観は写真のようにずんぐりした高さ3メートル、直径2.4メートルの短い円筒形で、まるく面とりがしてあるので、ちょうどコケシ人形の頭部をそっくり大きくしたような形である。出入口の扉の左右に、それぞれ圧力計があり、ひとつは海底下の作業室の気圧を示し、もうひとつは、これから入るマンロック内の気圧をさしている。
いま、マンロックからはじまる海底下の地質調査のようすをルポ風にまとめてみよう。昭和54年7月5日、9時、気温24度、今日の潜函刃口の深度は水面下31.4メートル、函内気圧3.3気圧(大気圧を加えると4.3気圧であるが、以下、大気圧を加えないで書く)。
排気のバルブを開き、マンロック内を外気と同気圧に下げ、ハッチを開く。幅60センチ、高さ80センチの狭い入口に身をかがめて中に入る。9時22分、ハッチを閉め、マンロック内を密閉状態にする。圧縮空気のバルブを開き加圧にかかる。シュッと鈍い音とともに圧縮空気はたちまち、せまいマンロックに充満する。途端に耳がツンとなり、鼓膜がぐっと内側に押しこまれてくる。急いで鼻をつまみ、息をクツとつめて、耳へ送り、押しこまれた鼓膜をもとへ押しもどして、体の内と外との気圧差をととのえる。海水浴の耳抜きのあの要領である。続いて、また、耳がツンとなる。鼻をつまみ、息をのみこむ。この耳抜きを繰返しているうちに、圧力計の針は急速にあがっていく。9時25分、加圧を始めて3分間で1気圧になった。
1気圧の加圧下で、私の体にはどんな変調が起こつたか。試しに口笛を吹いてみる。全く鳴らない。付添ってくれている石原さんに話しかけてみる。声が出ない。腹の中から勢いよく、息をほうり出すようにしないと声にならない。ところが出てきたのは、声といえるものではなく、音である。それは風邪で鼻づまりのときを想い出させる悪声で、抑揚もなければ、張りもない。声の艶などはのぞむべくもない。相手もカエルの鳴き声のように低く、全く声になっていない。圧力が声帯の微妙な振動をうばってしまったからである。
とうぜんマンロック内は暑くなる。圧力の増加につれて、気温もぐんぐん上昇してくる。これでは、マンロックそのものが、ボイル・シャルルの法則を地で行くような実験室だ。1気圧加わったとき、マンロック内の空気は外気より13度も高い37度になっている。体温と同じ温度である。2気圧で43度、マンロックは熱風のようである。汗が全身からふきだし、ツ、ツーと肌を伝って流れるのがわかる。3.3気圧で温度計は48度を指した。大きく深呼吸をすると、熱い空気の塊りが肺におちつくまで、気管を通過している個所が胸の
上から指で、はっきり追えるほどである。
3.3気圧、マンロックと函内作業室との気圧差が全くなくなったとき、シリンダへのハッチを開き、身をすぼめて直径1.3メートルのシリンダ(鉄製円筒)に入り、垂直降下の態勢をとる。シリンダの長さは30メートル。地上ならば7〜8階建のビルの高さに相当する。もし、この高さをビルの外壁に一直線にとりつけたタラップを伝って地上に降りるとすれば、周りが明るく、下界が見えすぎるため、高所恐怖症になり、足がすくんでしまうにちがいない。しかし、ここは高度30メートルとはいえ、適当な暗さであり、そして数メートルおきに転落防止の金網が踊り場式にはられている。足許を確かめつつも、あまり足下をみないで、一気に刃口のある海底下に降りる。
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