神戸の自然シリーズ4 六甲の森と大阪湾の誕生
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2.海底下の地層を調べる

 一辺3メートルの方形で、天井までの高さは2.3メートルの空間が、海底下の潜函作業室内の広さである。夏祭りの夜店のように、天井からぶらさがる照明の下で、小型ユンボが3台、いそがしく立回り、砂を掘ってはバケットに運びこむ作業をしている。3台のユンボの運転手とバケットを操作する2名の作業員との総勢5人が、ここ海面下30メートルで働く人達である。数年前、ユンボが掘削の主役とはいいながらも、群がるような多人数の作業員がいた情景を思うと、海底作業も省力化されたものである。

 この日の作業員たちは、花こう岩の小石混じりの砂の層を掘っていた。花こう岩の礫はどれも黒っぽい。この花こう岩は六甲山地でいう布引花こう閃緑岩である。たぶん、最終氷期の大阪湾が陸化していたときに六甲山麓から流されてきた扇状地性堆積物であろう。砂も浜辺にあるものとちがって、丸みがなく、粒の粗い角ばった砂である。その砂層の中に黒っばいビート層(泥炭)が二枚はさまれている(口絵カラー写真)。これは、きっと当時の湿地に堆積したものにちがいない。考えてみれば、現在の海底下に、海ではなく淡水域に堆積してできた地層があるのは興味ぶかいことである。

 このピートを、まず14C法によって何年前のものか年代測定をしてみよう。次にこの中に含まれている花粉の化石をとりだして、当時の植物の組合せを調べ、それにもとづいて気侯の状態を復元しよう。さらにケイ藻の化石も調べ、ここが湿地であったときの水質も解析しなければならない。

 潜函内の調査はいそがしい。函内を一巡し、観察地点をきめて、地層の深度と厚さを正確にはかる。そして1枚ごとの地層を詳しく観察して、スケッチをし、写真撮影をすませる。つぎに地層をつくっている堆積物の連続試料をとる。パイプ状のものにすっぽり採取した試料を納める方法がよいのであるが、私は雨樋を使っている。30センチの長さに切断した雨樋に堆積物をつめ、すぐにサランラップで巻きこむ。

 ユンボでザクツと一掘り、50センチばかりの深さの穴を掘ってもらった。みるみるその穴に水がしみだしてきて、いっばいになった.。しかし、それ以上は増えない。なぜ、増えないのか。その原因は、さきほど通過してきた3.3気圧のマンロックに求められるし、この原因こそほ、潜函工法が考えだされたもっとも大きい理由である。

 もしも今、海面下31メートルのこの深さで圧縮空気をぬいたら、どんな事態が起こるだろうか。さきほどの地下水が一度にワッと噴き出し、一瞬のうちに作業室は水没するにちがいない。潜函は、湧き出ようとする地下水を空気の圧力で押えこんでいるのである。そして地下水が一時的に排除された作業室で、軟弱層を掘りだしていくのが潜函工法なのである。

 潜函作業室の調査が30分以内に終れば、マンロックでの減圧時間ほ少なくてすむ。採集した試料を袋につめ、バケットで地上にあげる手配をして、私自身は大小2台のカメラと調査用具を小型リュックに入れ、直登30メートルのタラップに向う。リュックは背には負わないで胸側にまわす。背にすると、荷物の重量で上半身が斜め後方にひかれ、タラップを昇るにはきわめてバランスが悪い。そこでカンガルーの袋のようにリュックを胸に直登に入る。体重が85キロの私自身を30メートル、重力にさからって運び上げるのはなかなかに苦しい重労働である。

 転がりこむ思いでマンロックに戻り、ハッチを閉めて減圧にかかる。減圧時間表によれば、その日は3.3気圧の作業室に30分いたから、最初の5分間で3.3気圧から0.3気圧に減圧した状態でそのまま17分、静かに待機せねばならない。そしてゼロ気圧、つまり大気圧の状態にして、マンロックから出ることになる。入函のときに比べて、減圧の時では体はどんな状態になるのだろうか。

 排気のバルブを開くと、一瞬マンロックにもやが立ちこめ、1メートル先きも見えない。鼓膜がゴボ、ゴボと鳴り、全身がスーツと軽くなる。まさに圧力から解放されるという感じである。それとともに気温が急速に下がりほじめ、汗が一気にひいて、肌寒く、思わず身震いをする。30度近くからたちまち、13度まで下がった。マンロック内に充満したもやは、空気中にふくまれていた水蒸気が急激な温度降下で結露したためである。

 しかし、一度に大気圧の状態にはもどさない。それをすると、血液が気泡状になって、チッ素が溶けこみ、いわゆる潜函病をおこす。この症状は、吐気、頭痛、関節の痛み、全身の痒み等、その人によって、またその時の状態によりさまざまだそうである。かつて、私はこの狭いマソロック内に二時間も待機して減圧した経験もある。

 毎回のことであるが、潜函の地質調査を終えて、体重計にのると、確実に1キロは減っている。この減量分は潜函作業室での発汗量である。そして、その夜は輾転反側(てんてんはんそく)、朝、目覚めたときには、就寝時とはかなり違った位置に寝ていることが多い。潜函調査はやはり相当きびしい労働であることがわかる。

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