神戸の自然シリーズ17 神戸の地層を読む2
  前ページへ 目次へ 次ページへ

7.50万年前からの海域の変遷

図33 岩岡部層の層相概念図


 さて、赤坂粘土層と高塚粘土層はどちらも海進によって海が広がったときにできた地層ですが、どちらが古いのでしょうか。

 現在までのところにこの問題に直接答えをだすような地層の関係を示す情報はえられていません。しかし、私たちはつぎのような理由から赤坂粘土層は、高塚山粘土層よりも新しい地層であると考えています。

 高塚山部層の堆積面である高位段丘面(これを垂水面と呼ぶことにします)と岩岡部層の堆積面である明美面と比べてみると、同じ高位段丘面とはいってもそのようすがずいぶん違います。

 垂水面は幅がせまく谷によって切れこみをうけています。このように浸食をうけて平坦な面がけずられる現象を開析(かいせき)とよびます。垂水面がかなり開析をうけた面であるのに対して、明美面はあまり開析をうけていません。また垂水面も明美面も六甲山地の上昇の影響をうけて西に傾いていますが、その傾きが垂水面の方が大きいという事実があります。このことは、明美面は垂水面よりも新しく形成された面であるということを意味しています。

 すなわち、赤坂粘土層をためた海は高塚山の海のあとにおとずれた海進によるものだということになります。加古川市に分布する日岡海成層も明美面のすぐ下にある地層ですからこの時にできたと考えられます。この海を岩岡の海とよぶことにします。

 このように播磨平野に入ってきた海は、朝霧の海から始まり、高塚山の海、そして岩岡の海へと変遷してきたことがわかります。

 明石市の林崎から東二見にかけての西八木面とよばれる「中位段丘面」があります。これは12万年前の海進によってつくられた面だと考えられます。

 この海をふくめて50万年前からの海域の分布をまとめたのが図35です。

図34 播磨灘沿いの段丘面 

図35 50万年前以降の海域の変遷

前ページへ 目次へ 次ページへ