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1.神戸が大陸の周辺にあった時代
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7000万年前に地下深くでできた花こう岩が、今では地表に顔を出して六甲山地をつくっている
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つぎの節から述べる200万年よりも新しい時代の歴史が自然史の本史であるとしたら、それ以前は前史ともいうべき時代の歴史です。
新第三紀中新世の1500万年より前には西日本は大陸の周辺にあり日本海はほとんど存在しませんでした。この後、西日本は時計まわりに50度ほど回転して現在の位置にきたといわれています。
ですから神戸層群以前の話は現在の神戸の地理的位置でのことではなくアジア大陸周辺でのことといえます。
いまから約2億年〜1億5000万年前、中生代ジュラ紀の頃には神戸ふきんは海底でした。大陸から運ばれてきた泥や砂の地層の中に、古生代に赤道近くの海でできたチャートや石灰岩の地層が海底の移動とともにやってきて海溝ふきんでつけ加わりました。
このようにしてできた地層が丹波層群で六甲山地の中腹と北区、西区の雌岡山などに点々と分布しています。
今から7500万年ほど前、中生代白亜紀には大陸の一部であった西日本は激しい火山活動の舞台となりました。神戸ふきんでも巨大なカルデラができ溶岩が流れ火山灰が降りつもりました。
この時にできたのが丹生山地などに分布する有馬層群の流紋岩類です。
またこの時、地下深くではマグマがそのままゆっくりと固まり、花こう岩ができつつありました。
その後の神戸の自然史についての知識は長い空白の時期があります。
今から3500万年前新生代古第三紀漸新世のこと、神戸の大部分の土地は古神戸湖と呼ばれる湖ができました。その時、盛んに火山灰が降りつもりました。当時の気候は現在よりもかなり暖かく亜熱帯から暖帯でニッサやフウ、メタセコイヤなどの森林があり、現在の日本の植物の先祖がこの時代に現われました。
この時できた地層が須磨区から北区、三田盆地に分布する神戸層群です。当時は六甲山地も丹生山地もまったくその姿をみせていませんでした。
その後、今から1500万年前、新生代第三紀中新世(ちゅうしんせい)に現在の瀬戸内海から中国山地にかけては細長い海ができました。第一瀬戸内海とよばれる海です。神戸の南部はこの海の一部になりました。
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