神戸の自然シリーズ6 神戸の野鳥観察記
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■2.モズ −速贄と物真似
はやにえを立て終わったモズ 人家の垣根には
モズのはやにえが多い

3.モズのはやにえ(速贄)

 モズは捕えた獲物をその場で食べないで、木の棘や有棘鉄線に突きさしておく習性がある。モズがこのような干物を作ることは古くから人びとの関心をひき、各地でいろんな伝説をうんだ。

 この干物を「モズのはやにえ(速贄)」「モズのはりつけ」「モズのくさぐき」などと呼んでいるが、私が子供の頃は「はりつけ」と呼んでいた。そして獲物をはやにえにすることを「はやにえを立てる」という。

 初冬の田園で池のへりや田の畦を歩くと、必ずいくつかの「はやにえ」を見つけることができる。

 神戸ではモズは早春から繁殖をはじめ、その後初夏から秋までは山に上るので、そのような時期のはやにえは発見例が少ない。どの地方でもはやにえの多いのは秋から初冬にかけてだという。

 西神戸の農村地帯ではモズの多い10〜11月にはやにえが多い。そのうち特に11月と12月が多いようである。神戸の気候やモズの移動のようすから見ても当然そうなるはずである。

 モズが神戸の人里近くに姿を見せるのは9月の後半で、来た早々から高鳴きをはじめ、テリトリーの争奪戦に明け暮れる。移動中のものも多く、その頃のモズは落着く暇もないようである。まだ残暑もきびしく、せっかくはやにえを立てたとしてもすぐ腐るだろうし、それを掠奪する昆虫の活動も多い。さらに木の葉はよく繁っていて、はやにえは探しにくい。だから、作ったはやにえそのものも、私たちの目にふれる前に消滅している率が高いと思われる。10月後半のモズは、冬の分布へ定着しはじめた頃で、テリトリーもすでに安定し、食餌はあり余るほど豊富で、はやにえの個数もだんだんふえる。しかし、はやにえがモズの仕業として私たちの目によくふれるようになるのは、11月後半になってからである。12月も下旬になると、昆虫の活動も目に見えて少なくなり、あり余る食物に恵まれていた10月や11月にくらべれば、はやにえはいくらか減ってくる。

 神戸の冬は暖かいので、真冬でも水田の溝には、冬眠しそこねた小蛙がいて、活動はにぶいが十分に生きのびているし、減水した池や潅水用の溝には小魚もとり残されている。雪が地面をおおってしまうことはまずなく、地表を探せば小さな虫などには不足はしない。小鳥の生命を支える量は十分に確保できる。神戸の冬の暖かさが12〜2月の真冬にもはやにえを立てることを許すのである。3月になって暖かさを増すと昆虫は動きはじめ餌は多くなるはずなのに、はやにえはかえって少なくなる。この頃から巣作りがはじまり、また移動するものはそれに備えて時間的にも気分的にも余裕がなくなるのではないかと見られる。

 しかし、育雛中のモズの巣の近くで、アオムシのはやにえを見たことがあるから、忙しい中でもはやにえを作ることもあるらしい。

 私はモズのはやにえについてこれまで集中的には調査していないが、フィールドノートから拾ってみると、1960年代前半には明石、稲美、岩岡などの池の土手や川原で多いときには、1日40点ぐらいを記録している。その後、モズの生息環境が少なくなり、モズも減ったので、1979年11月ではわずか6例しか見られなかった。

 私はモズがはやにえを立てている真最中の場面にまだ遭遇していない。それに近い行動として次の観察例がある。水田から何かをくわえて飛び立ったモズが、ネコヤナギの枝に止り、2〜3度枝移りして飛び去ったが、その時、すでに嘴には何もなかった。すぐ枝を調べたところ、近くに数個のはやにえがあり、生々しいものも1つでなく、つい今、作ったものは、その中のどれか見分けはつかなかった。

 仁部氏の名著「野の鳥の生態」によると、棘へ押しつけ、こすりつけるような要領で、短時間ではやにえの処理は終るという。

 人間の手でモズと同じものを作ろうとすれば、皮の強いトカゲやコガネムシのようなものでは、大きな力が必要であり、また、串が折れることも多い。ところが、モズは先のそれほどするどくない朽ちて弱くなった棘や枝先にたくみに突き刺している。虫めがね的な小さい甲虫も、あまり形をくずさずに刺している。真似をしてみたが、虫がバラバラになるか、棘が折れてしまう。その器用さは人の手よりはるかに勝っているのが、よくわかった。

 しかし、中にはざつい作りのものがないではない。皮の一部をちょっとひっかけたようなものや、枯枝の割目にはさみ込んだだけのものもある。出来のよし悪しはモズの個体による器用、不器用があるかも知れない。しかし、それぞれのはやにえが、その場所に最もふさわしい立てかたで処理されているとみるのが妥当であるように思われた。

 モズの食性についてはすでにふれたが、はやにえにもその食性の一端がうかがえると思う。人間の目にとまるのは、その中でも大型のはやにえであるが、比較的数の多いものを拾いあげてみると、直翅目の昆虫、バッタやイナゴ、コオロギ類、さらにカマキリやケラなどのほか、ケムシ、アオムシも多い部に入る。ガやトンボも少ないがある。子供の頃、モズを捕えるワナには生きたケラがよいと上級生から教えられたのを覚えている。田舎の子供はモズの食性をよく知っていたのである。

 場所によってはカエルが多い。稲刈りの終った水田には、小さなカエルが無数にいるから欲しいだけ捕えられる。カエルのはやにえが多いのは当然である。

 爬虫頻のカナヘビ(トカゲの一種)や小型のヘビはさほど多くないが、秋にはときどき見られる特異なはやにえである。この類には特殊な感情をもつ人が多く、強く印象づけられるらしくその報告例が多い。

 山林ではモズも少ないし、はやにえを探すのは困難である。わずかな例しか持たないが、ここでは山に多い昆虫や小動物が中心になり田園とちがった傾向をもつ。10cmもあるムカデトビナナフシアブラゼミなど、直翅目でも山地性のツユムシやナキイナゴが見られた。

 はやにえの中には食い残しを処分したようなものもある。たとえば、バッタの腹だけ、カエルの下半身という具合である。食べ終らないうちに満腹になったのだろう。

 モズがはやにえを突き刺す串は木の棘や折れた枝先、木に巻いた針金の切口、有棘鉄線の針など広い範囲にわたり、ありふれたものの中から手頃なものを適当に選んでおり、特別強い選り好みはないようである。西神戸ではヤナギ、イバラ、グミ、ススキヨモギなどのありふれた植物が多い。農家の庭先の大株立のボケのトゲに多数のはやにえを見たことがある。獲物をさすのに手頃な条件があり、その地に多い植物が高い確率で選ばれているのが自然のなりゆきである。有棘鉄線などは飛躍的な応用のように見えるかも知れないが、木の棘と同じようにモズの目にうつったのである。

 モズのはやにえについては現在のところ定説がないが、次にそのおもな見解をあげてみよう。

(1)備蓄説
 餌が多いときに干物を作って貯わえ、冬のように気候が悪くなって獲物がとれないときに備えるのだという説。
 神戸のような暖地では、餌のとれないような季節はまずないし、雪国のモズは冬になると、はやにえを残して暖かい地方へ移る。もともと北国で備蓄を目的としてこの習性が進化して釆たものであるとしても現在のモズの生活ぶりを見ている限り、その必要性は少ない。

(2)食べ残しを一時的に保存しておくという説
 食べ残しということになると欠損品がもっと多くなると考えられる。大きな獲物ならともかく、一口に食べられそうなものがあるのもこの説の弱味である。この説は他の説と考え方によってはきわめて近い。

(3)殺戮の本能によるという説
 肉食者にときどき見られる行動で、動く物を見るとただちに反射的に獲ってしまう。そして満腹だから処理に困り串ざしにしておく。食べもしないネズミを捕り、それをもてあそぶネコと同じようなものだという考え方である。

(4)嘴のわりに肢が弱いので串ざしにしておいてからむしり食うという説
 実際そのような食べ方をすることもあるらしいが、ふつうのときはタカのようにあしゆびで獲物を押えてむしり食うのが多く観察されている。モズの肢がそれほど弱いとは思えないしミミズやアオムシのように柔かいものや一口で食べられる小さなものを串ざしにしているのは説明がつきにくい。

(5)単なる本能という見方
 モズははやにえをたしかに利用する。そして新鮮なはやにえほどその率が高い。立てたモズがその場所を覚えていて食べにくるのか、それとも別のモズが食うのかわからない。しかし、どちらにせよ空腹の時に手頃な虫やカエルを見つければ、それが串ざしであろうが、地面にころがっていようが食うのはあたりまえで、自分の作ったはやにえの場所をおぼえていて、わざわざもどって来てたべたことを証明するのは困難である。鳥の眼は、たとえそれが他のモズが作ったはやにえにせよ、近くを通りかかれば見逃すことはないはずである。そして、はやにえを立てる場所は、他のモズにとっても出没する頻度の高い所である。テリトリー意識が強いといっても、わずかの隙に他個体が侵入してくるのはよくあることである。

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