神戸の自然シリーズ6 神戸の野鳥観察記
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■5.ヒヨドリ −圧倒される大群の渡り

4.大集団の渡り
渡り ヒヨドリの渡り

 忙しく、充実した繁殖の季節も終り、巣立ち雛が独立してあの甘え声も聞かれなくなった8月頃、神戸のヒヨドリは感覚的に一年中で最も数が少なくなる。鳴く数が減るのもその原因のひとつであろうし、セミの声に負けるからかも知れない。山の森でみても確かに数は減っている。巣立った雛の数だけ増えているはずであるのにどうしたことだろう。中には、暑さをさけて人里をはなれ山奥へ移ったものもいるかも知れない。また、繁殖を終えて、鳴く数も少なくなり、活動範囲が小さくなって、目立たなくなったとも考えられる。おそらくこの二つとも確かな原因である。どちらかといえば私は後者を強調したい。

 8月頃、森の中に坐っていると、他の季節にあれほど騒々しかったヒヨドリが、意外に静かに暮しているのを見ることが多いからである。それでもさえずりをやめた小鳥のようにまったく黙りこくっているわけではない。ときには何かあれば、すぐに騒ぎだす。もともとやかましい鳥である。

 雛を育てている時期でさえ、巣の近くで鳴くことがあって、このような鳥は他に例が少ない。はっきりしたさえずりをもたず、ぐぜるような鳴き方が小鳥のさえずりにあたるが、そのためよけいふだんの鳴き声が目立つのであろう。9月頃になれば、渡りの群れが来はじめるので、数が多くなりよく騒ぐ。冬は群れて生活し、互いに仲間どうし呼びかわしてやかましい。

 神戸には一年中数多く見られるヒヨドリだが、よく観察していると何通りかの違った渡りのタイプの個体が含まれていることがわかる。それは大まかに分けて次の四つにまとめられる。
  • 一年中大きな移動をしないで、ほぼ同じ場所にいる留鳥的なもので、数はさほど多くない。
     
  • 寒い地方から冬にやって来る冬鳥的なもので、神戸の冬の低地にはこの型のものが多い。
     
  • 神戸を通過して渡るおびただしい数の旅鳥的なもので、神戸のヒヨドリはこれが最も多い。
     
  • 神戸で繁殖して冬は南へ移動する夏鳥的なもので、数は少ないと思われる。
 私たちが留鳥と思っているヒヨドリの中には、夏鳥的なものと冬鳥的なものとが混入しているのが十分に考えられるので注意しなければならない。一年中同じ所に同じぐらいの数が棲んでおれば、私たちは留鳥として扱ってしまいやすい。実際には、秋に北国からくる冬鳥的なものがあるので、それと入れかわって、繁殖期を神戸で過したものが南へ去り、数の上で増減がなければ、留鳥として扱われやすい。春になれば、南から帰って来るものと入れかわりに冬鳥的なものが北へ去ることになるから、渡ったように見えない。その交代の時期には旅鳥的なものが多く現われる時で、数の変動も日ごとに多く、分布もみだれて実際の動きはつかみにくい。このような渡りの習性や例から考えると、ほんとうの留鳥的個体というものは、わずかではないかと思われる。それを確かめるには標識をつける方法があるが、相当大がかりな調査をやらなければ不可能である。

 私の家の庭に来る個体は毎日続けて見ているので顔なじみになり、わずかな調毛の色あいと羽並のくせから個体の識別が可能である。その中には、2年ほど続けてどの季節にも来ている一つがいがいる。この一つがいは典型的な留鳥である。私は野生の鳥に餌を与えるような不自然な行いは嫌いなので、私の庭には給餌台をおくようなことは一切しない。自然に生えたツタやムクなどの木が野鳥に適当な餌を適量に供給しているだけである。だから、野鳥を無理につなぎとめておくような悪い結果につながっていないことをつけ加えておく。神戸のように冬も暖かい恵まれた地では、越冬する鳥が餌の不足から健康をいちじるしく害するようなことはまず考えられず、給餌による過保護から、野生の能力の低下をきたすことの方が恐ろしいという結論に達し、一切給餌はしないことにしたのである。

 秋になって渡りが本格的になった頃、私は必ず、何日間か、夜明けと同時に庭に出て通過して行くヒヨドリの大群を見送ることにしている。

 ちょうど、自宅の真上が、ヒヨドリの秋の渡りのコースになっているので、庭にイスを持ち出し、時には草の上に寝ころんだり、どんなかっこうでいようと差支えない気楽な観察である。最盛期にはその数の多さと群の多様性にあきることがない。ここでそのようすを簡単に紹介しておきたい。観察位置は塩屋駅の西約1km、海岸からの距離約300m、標高約40mの地点でジェームス山外人街のすぐ西側にあたる。

西側から見た鉢伏山 ヤツデの実を食べるヒヨドリ

 渡りの群れは、自宅の上空では、西〜西南西へ向うが、この角度で飛びつづけたと仮定すると、須磨鉢伏山を出発し、垂水駅の上空を通り、淡路島の北端をかすめるか、明石海峡を通りぬけることになる。1日の飛翔距離はどのぐらいになるかわからないが、ヒヨドリは、はるか東南アジアまで渡るような本格的な渡り鳥でなく、行き先はせいぜい本州西南部か、四国、九州、琉球ぐらいまでである。だから、1日にそんなに遠くまで行く必要はないだろうと考えられる。その証拠にあちこちよく道草をくう気楽な旅である。垂水駅の上空でもよく群に出会うが、近くの寺の森に急降下して入るのも何度か見た。そして、その森にはじめから居た群にとけ込み、すぐ飛び立つ気配はまったくなかった。万事、この調子のゆっくりした西下らしい。また、夜明け後間もなく渡りはじめる群があり、その群のその日の出発点はすぐ近くにあると推察できる。ヒヨドリは夜間は渡らない鳥だからである。神戸上空を西下する渡りの群は、いつ、どこで結成されるのかわからないが、私の家の上を通過する群は、鉢伏山西側を飛び立ったとみることができる。夜明け直後の群は、この辺りから出発したものと推定できる。多分、前の日からそこに居たものだろう。しかし、昼頃の群は、遠くから渡りつづけ鉢伏山でほんの一休みしただけで、すぐ続けて飛び立ったものか、前日からいたのかそのへんのところはどうもわからない。また最盛期には一日に数千羽が波るが、鉢伏一帯の森では、それだけの数を同時に見ることはないから、出発点はこの山だけではなく他にもあることは確実である。そのころ、山の森で観察していると樹の間でさわいでいた群が、一せいに飛び立ち、群を作りながらはるか西の空に消えて行くのはよく見る光景である。そして、この群は二度と舞い戻ってくることはない。

 また、神戸の山でつづけて観察していると、渡りの最盛期には急に数が増える日があり、翌日は急に減っているようなことが繰り返される。減ったといっても、この季節は一年中で最も数が多いから夏や冬にくらべると比較にならない。その前後の日とくらべれば目立って減ったというだけのことである。「集結」「出発」がくり返されている結果とみてよいだろう。

 これらの渡りの群れは、日本のどのあたりで繁殖したものが中心になっているか。それは調査したデータがない。本州・中北部で繁殖したものであろうこととの想像はつく。北海道で繁殖したものも入っているかも知れないが、これはエゾヒヨドリとよばれる亜種なので捕えてみれば何とか区別がつく。かつて、標識調査を行った際に数十羽以上のヒヨドリに標識をしたが、エゾヒヨドリと思われる個体は1羽も混じっていなかった。

 さて、どのぐらいの数が渡るものなのか、二つの観察例を表にあげた。(表1・表2参照) 30分ごとに区切った観察時間を記入したので、渡りの中心の時間帯もみていただきたい。雨の日は渡らないが、少々の風があっても、曇っても平気で渡る。しかし、何といっても、どこまでも青い秋空の中を渡るのがもっとも渡りにふさわしい光景である.またこういう日が特に数が多いものである。

 渡る時の飛び方はふだんの長距離を飛ぶときと変わりなくこの鳥特有の大きな波型を描く。よく見ていると、はばたきと翼をたたんで滑空するくり返しの周期がふだんより正確な間隔で行なわれている。長距離の飛行にたえるため体力消耗を最小にするための経済的な飛翔方法といえるだろう。鳴きかわす声は「ピィー、ピィー」といつもと同じだが、それよりも単調である。たえず鳴きかわしながら飛んでおり、その声は数百m離れていても十分に聞きとれる。群はガンやハクチョウのように規則正しい配列をつくらず、バラバラの群であるが、多くは一重の層で、立体的には広がっていない。

 表の10月上旬中旬は、渡りの最盛期である。その数は10月中はさほど変らないが、11月中旬になると、めっきりその数が減ったのに気がつく。12月に入っても日に2群や3群は渡る年もあるし、1月上旬にも何回か見ている。9月中旬に渡りはじめたと気がつくから、3カ月にわたる秋の渡りの総数は実に莫大な数である。しかも神戸の一地点だけの例であり、渡りのコースはほかにも多数あるはずだから、西下するヒヨドリは、どのぐらいの数か、気の遠くなるような数であろう。少なくなった日本の自然をたくましく生きぬいて、まだ、こんなに繁栄しているこの鳥の生活カの強さに感嘆せずにはいられない。

 私の自宅上空を通過する渡りのコースは実に正確である。何を目標にしているのか知るすべもないが、数百m以上ずれることはまずない。主なコースは200mぐらいの幅におさまり、正確にその中を飛んでいる。もし、人間が、鳥と同じ高さを同じ早さで飛ぶことができれば、航路決定上の要素になる何かに気がつくかも知れないと思ってみたりもする。

 飛翔の速さにも興味があったのでいくつかの例を出してみた。50m隔たる2点にそれぞれ1人ずつ立ち、その真上を通過して行く群の先頭の個体がその2点間を通過するのに要する時間をストップウォッチで計測するというきわめて原始的な方法である (表3参照)。2点の距離も、200mはとりたかったのだが、見通せる2点に適当な場所がなかった。しかし、およその見当はついた。計測値にむらがあるように見えるが、実際に見ていても、速く飛ぶ群と遅い群があることがわかる。これは本気で渡っている群と、そうでもないといった群があるためではなかろうか。大きな群で、早朝に高く飛ぶ群は真剣にみえ、その逆の小さな群で低く飛ぶものは、どこか道草でもくってやろうかと考えている遊び半分のふうでもあり、渡る方向に自信がなさそうにもみえる。

 おもしろいことは、下界の渡る気のないヒヨドリが低空を渡る群に一時まぎれることがあった。テレビアンテナや庭木で騒いでいた群が渡りの群を見つけて舞い上り、200〜300mいっしょに飛んでから、またもどって来るのである。この時、渡りの群が、それに引かれていっしょにもどったこともあったが、多くの場合は飛行方向をほんの少し乱される程度で、下のヒヨドリだけが戻って来る。やじ馬か、見送りかそんな風に見える。ある年、同じ事を4回、5回とくり返す7〜8羽の群があったがしかし、この群も2〜3日後にはどこか移動していなくなった。渡りの本能に目覚め、いずれかの群についてほんとうに渡ったのだろう。当地に棲みついているヒヨドリも同じようなことをするが、それらは群になることは少なく、2羽程度で過しており、見送るときもほんのまねごとだけで舞い上ってもすぐ降りてくる。

 渡りの群が、もしこのままの方向とスピードで飛びつづけたとすれば・・・・・・地図の上で測ってみた。1時間後には、家島群島に達し、8時に垂水上空を通った群は、正午には愛媛県今治と広島県三原あたりを結ぶ線上に達していることになる。1日でそんなに遠くまで行く必要もない近距離渡りヒヨドリには、気候上からも、どこに留っても差支えない。十分に余裕もあり、そんなに長時間飛びつづけることはまず考えられない。

 秋の大群にくらべると春の渡りはさびしい。1979年、はじめてその群に気がついた。そして1980年には3群のべ200羽ほどを自宅近くで、別に1群40羽を鳥原近くで、と数えられるほどの例しかない。渡りのコースの主な流れは、秋とちがって、この地からはずれていることは確実であろう。
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