兵庫県南部地震データ集 神戸の自然シリーズ 神戸の大地のなりたちと自然の歴史 100万年前から隆起してきた六甲山(2)

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■6.100万年前から隆起してきた六甲山 (2)
■ 六甲山地の上昇のはやさ

 では、六甲山地はどれくらいの速さで上昇してきたのでしょうか。六甲山の最高峰は932m(約1000m)です。100万年で1000mの高さになったとしましょう。


  これは毎年1mmずつ高くなるということではありません。岩盤が、力をうけても、すぐに割れることはありません。ふだんはストレスをためながら耐えています。やがて、耐え切れなくなったときに、突然岩盤がこわれて地震が起こります。 だんだんと割れるのではなく、限界に達したときに破壊されるのです。

 マグニチュード7程度の地震では、断層の動きは1〜2m程度というのが経験的にわかっています。1mは1mmの1,000倍ですから、六甲山地は兵庫県南部地震ほどの地震を1,000年に1回(つまり1,000年で1m)、100万年間に1,000回繰り返しながら現在の姿になってきたといえます。

■ くりかえす山地と盆地と東西からの圧力

 近畿地方の地形を大きな視野で眺めてみましょう(図18)。

 山地としては六甲山地、生駒山地、比良山地、伊吹山地などがあり、ほぼ南北につらなっています。山地と山地の間には京都盆地、奈良盆地、琵琶湖などの低いところがあります。大阪平野―大阪湾もその一つです。

 このような山地と盆地が交互に何列も並んでいるのが近畿中央部の地形の特徴です。このような地形の特徴をもった地域は、近畿トライアングル(三角地帯)と呼ばれています。近畿トライアングルでは東西から締め付ける圧縮力によって、高くなったところが山地に、低くなったところが盆地になっていった(図19)と考えられます。山地と低地の境界では、大地に割れ目ができます。それが断層です。

 こうした地形は大地の歴史からみれば、ごく新しい時代の地殻変動の結果できてきたものです。この新しく激しい地殻変動は「六甲変動」と呼ばれています。兵庫県南部地震は、六甲変動のひとこまともいえる自然の法則的な動きでした。

  人間にとっては「とんでもないできごと」であった大地震も、自然の論理では「変動によって山は高くなり、盆地は沈んでいく」という法則に従った、ありふれた、ささやかな動きにすぎなかったといえます。

図19 東西からの圧縮でできた山地と低地のくりかえし (オリジナル)


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