神戸の自然シリーズ4 六甲の森と大阪湾の誕生
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1.11,000年前に始まった海水の進入

 およそ6,000年前、明石川を5キロもさかのばった玉津町まで海が入ってきていたことはすでに述べた。最終氷期にはすっかり陸化し、大阪盆地ともいうべき広大な湿原に海が進入してきたのは、いったい、いつごろなのだろうか。

 大阪湾にはじめて海が入ってきたことを示すマガキの化石が淡路島の東浦町沖の海底下の地層から、昭和49年に採集された。その年、大阪湾全域の海底地質の調査をすすめていた地質調査所の大嶋和雄さんらは、東浦町沖合8キロで行なった柱状採泥器で採集した堆積物の中に、潮間帯に特徴的に生息するマガキの化石を見つけた。その地点の水深は54メートル、マガキはその海底面下2.8メートルの泥質堆積物中にあった。そして14C年代は10,820年±190年前と測定された。

 マガキは、いうまでもなく養殖ガキでよく知られているあのカキである。マガキの自然分布は、日本全国のみならず中国から東南アジアにかけて生息し、潮間帯の岩礁や岩礫などに付着して生活している。

 このマガキのもたらした情報、つまり11,000年前には、紀淡海峡から進入してきた海が、淡路島の東はし近くまで到達していたことを示している。そして、そのときの海面は、その後の土地の変動量を考慮しなければ、現在の毎面下56.8メートルであった。

 この当時ほ、おそらく、古淀川の川すじに沿って海が細長く入りこみ、広大な大阪盆地のあちこちに潟がつくられはじめていたにちがいない。それから約1,000年後、この海が今の大阪港のあたりまで達した。そのようすは、次に述べる、大阪港の港大橋の潜函工事場で確かめられた。

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