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2−2.落葉広葉樹林時代(10,000年〜7,000年前)
(前ページの続き)
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| 広葉樹の花粉化石 原著表示:約800倍 (大阪湾累層) (Maeda.Y., 1977) |
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| 1.ヤマモモ属? |
2.ハンノキ属 |
3a.トチノキ |
3b.トチノキ |
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| 4.エノキ−ムク型 |
5.オニグルミ |
6.カバノキ属 |
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| 7.ブナ属 |
8.ブナ属 |
9.ブナ属 |
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| 10.モチノキ属 |
11.シデ属 |
12.カエデ属 |
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| 13.シナノキ属 |
14.シナノキ属 |
15.ハシバミ属 |
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次にこの問題を角度をかえて、他の樹木との関連からみてみよう。まず注目されるのは、ブナ属の花粉が少ない点である。ブナ属にもブナとイヌブナとの二種がある。ブナはミズナラとともに温帯林を代表する樹木で、この温帯林のことをブナ・ミズナラ林ともいわれるぐらいである。いっぽうイヌブナは温帯林と暖帯林との移行帯のせまい範囲内にモミ、ツガなどに混じって生える樹木で、乾燥に強く、雨量の少ないところでは、ブナ、ミズナラ帯や、その下方につづくシイ、カシ帯までのびている場合がある。花粉形態の上からは両種の区別は難しいが、かつて田井昭子さんは、この両者の花粉粒の大きさの違いに着目して、両種を区別した論文を書いたことがある。この田井論文を引用して、ブナ属の花粉化石の百個体はどを測定してみた。すると大きいブナ型の花粉化石は全体の1/3で、残る2/3はイヌブナ型であった。
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| 住吉川上流の極楽寺谷750メートルの高さに生えているイヌブナ.この木は17メートルの高さだったが,中には高さ20メートル,根の回りが1.5メートルをこす大木もある. |
| 六甲山頂近くの瑞宝寺谷上流835メートルに生えているブナの木.高さは20メートルをこす. |
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それでは、現在の六甲山には、両者はどんな所に生えているか、これまで六甲山にはブナは裏六甲の紅葉谷の上流部に数本だけ生き残ったような形で生存しているというのが通説であった。表六甲にはブナは全く生えていないものと思われていた。ところが、私たちの研究グループは昭和53・54年にわたって、裏六甲では紅葉谷以外の瑞宝寺谷の上流や、六甲山頂よりも東部地帯で多くのブナの成木をみつけた。また南斜面の表六甲側でも住吉川上流の枝沢の極楽寺谷や黒岩谷上流などの800メートルより高い所で数十本のブナを発見した。しかも700〜800メートルにかけてイヌブナ林といってもよいぐらいイヌブナが群生している所も新しくみつけた。その場所は、住吉川の上流の西滝川をさかのばり、極楽寺谷と名づけられている谷に沿う高さ700〜760メートルの急斜面である。ここには樹齢200〜300年と推定される樹高20メートルに達する大木をはじめ、約50本のイヌブナが生えている。この尾根の810メートルの所に1本だけポツンと残っているイヌブナもあったが、谷すじではほぼ800メートルを境にしてブナとイヌブナは分かれていた。
また、ミズナラは裏六甲の瑞宝寺谷では700メートルの高度から出現しはじめ、この谷すじでは尾根の900メートルにいたる間に点在している。とくに700〜750メートルの間には数十本の20メートルをこす成木がある。この瑞宝寺谷でみるかぎりミズナラの垂直分布はブナよりも低い所から生えている。しかし、温帯北部の典型的なブナ、ミズナラ林ではミズナラのほうが高い所に生えている。ミズナラもコナラに似て二次林をつくりやすく、しばしばブナ林の下限よりも下がる場合がある。瑞宝寺谷の700〜750メートルのミズナラ林は二次林である。
9,000年前に大阪湾沿岸の低地や丘陵に生えていたナラ類の優占する森林は、私たちが六甲山の残存植生としてみつけた800メートル前後のブナとイヌブナの移行帯のような樹木の組合せではないか。もし、そうだとすれば、さきに問題点としてあげた40%をこす高率を占めているナラ類(コナラ亜属)の花粉化石の親植物はコナラとミズナラとが混在している状態が考えられる。しかし、イヌブナ型の花粉粒がブナ型のそれを上まわって出現することからみて、現生林に多いコナラ・イヌブナ林である可能性がつよい。
それでは、現在の森林で、コナラ・イヌブナを中心とする落葉林は、どんな地方に発達しているか。この森林は長野県の松本盆地や長野盆地の周辺、山形盆地などに分布している。
それぞれの土地は、気候上はどんな特色がみられるか。つぎに松本市をはじめ、長野、山形の各市の年平均気温、年降水量をあげると、
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年平均気温(℃) |
年降水量(ミリ) |
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松本市 |
11.0 |
1,054 |
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長野市 |
11.3 |
1,014 |
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山形市 |
11.0 |
1,210 |
三市とも気温条件はよく似ており、降水量の少ない乾燥した内陸盆地の特色がよくあらわれている。
ところで10,000年前から9,000年前にかけて、神戸の海岸低地はどんな気候だったのだろうか。さきの松本、長野、山形盆地に近い気候であったことが、まえに述べた花粉化石と現生の植物の分布から、ひとつの可能性として考えられる。現在の六甲山の700〜800メートルの植物が低地に生えていた状態を気温で推定してみよう。気温は高度100メートル増すごとに0.5〜0.6℃減少する。この気温減少率で、800メートルの高度では気温は平地にくらべ4〜4.8℃低くなる。神戸市の年平均気温は15.4℃であるから、10.6〜11.4℃が当時の神戸の気温として推定できる。ただ神戸市の気温は海面上59.3メートルの神戸海洋気象台での観測値である。海面補正をする必要があるとすれば0.3℃ぐらいは高くなる。いずれにしても、現在の神戸市街地にコナラやイヌブナ、シデ、ハシバミ、シラキなどの落葉樹が生えていた約10,000年前の年平均気温は約11℃前後が想定される。降水量もやはり現在よりいくぷん少なかったのではなかろうか。その当時、六甲山はすでに900メートルの高さの山地であり、海面は約30メートルも低く、広大な湿原が大阪湾岸にひろがっていたのであるから、地形上は内陸盆地に似た環境をそなえていたとみることができる。この問題は、神戸だけではなく、もっと他地域での情報がふえるにつれ、今後もっと解明されてくるものと思う。
8,000年代に入ると、それまで高い出現率で優占していたコナラ亜属は不安定な出現状態を示しはじめる。それに代るかのように、エノキ、ムクノキ、ケヤキ、シデなどとともにカシ類(アカガシ亜属)、モミ、コウヤマキなどが増加のきざしをみせる。そして、7.000年代に入るとこの傾向が一だんと強くあらわれる。この時期における森林社会の変化を詳しくみてみょう。
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