神戸の自然シリーズ4 六甲の森と大阪湾の誕生
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−2.落葉林から常緑林への交代
(前ページの続き)

ナラ類(コナラ亜属)とカシ類(アカガシ亜属)の花粉粒の表面形態の微細構造を、走査型電子顕微鏡で撮影 倍率は原著での表示

■ カシ類(アカガシ亜属) (Maeda.Y., 1977)

1a.アラカシ (現生種、1,300倍)

 2a.カシ類の化石(2,500倍)

1b.1aの部分拡大写真(12,500倍)

2b.2aの部分拡大写真(12,500倍)

■ ナラ類 (コナラ亜属)
 (Maeda.Y., 1977)

1a.ナラ類の化石、約2,500倍

 2a.コナラ(現生種)約1,500倍

 2b.2aの部分拡大写真約12,500倍

1b.1aの部分拡大写真、約12,500倍 


 その結果は、写真にも示したように、ナラ類の花粉粒の表面には瘤状(こぶじょう)の突起がいちめんに刻まれている。ちょうど仏像の頭部にもこのような突起状の彫刻がなされている。この瘤状突起の表面にもさらに小さい点紋状の小突起がみとめられる。これに対してカシ類の表面にはそのような突起はなく、カリフラワー(花椰菜)に似た小突起が密集している。また、ここには写真をのせなかったが、ウバメガシだけは三角錐状の突起があり、その面に浅いくばみをもつ特異な形態をなしていることがわかった。

 私たちは、このコナラ属の花粉粒の表面の微細構造を調べるにさいして、走査型顕微鏡で数万倍に拡大すれば、種ごとに分類できる特徴が、見つかるのではないかと、ひそかに期するところがあったのであるが、残念ながら種レベルの特徴としてとりあげるだけの微細構造に差はみとめられなかった。

 さらにもうひとつ検討せねばならないことがある。それは、他の研究者が同じ大阪湾沿岸で花粉分析を行なっても、同様の結果が得られるかという点である。この点に関して、ほば同じころ河内平野の花粉分析を行なった安田喜憲さん(広島大学)や、最近、武庫川口、大阪港付近と河内平野の三地点を研究した古谷正和さん(川崎地質K・K)も、私の研究結果と同じように7,000年前から6,000年前にかけて、ナラ類を中心とする落葉樹林がおとろえ、それに代ってカシ、シイ林といわれる照葉樹林が大阪湾沿岸の低地帯や丘陵部に進出してきたと述べている。

 さらにもっと広い範囲でこの大規模な森林交代のようすをさぐつてみよう。
北九州の福岡平野で黒田登美雄さん(九州大学)と畑中健一さん(北九州大学)が行なった花粉分析の結果によれば、ここでもやはり6,000年代にナラ類を上回ってカシ類が出現している。しかし福岡平野では大阪湾沿岸とは違ってシイがはやくから高い率で出現し、カシ、シイ林と呼ぷのにふさわしい森林構成をなしている。それにくらべ大阪湾沿岸や明石川ぞいではシイ型の花粉が少ない。そして広島湾や尾道などでもシイの花粉の出現率は低い。これはたぶん瀬戸内式気候による降水量の少なさが影響しているためと推定される。そうだとすれば、瀬戸内式気候の降水量の少ない乾燥気候はすでにこの時期にも存在していたといえる。

 太平洋岸の高知平野でも、伊勢湾でも、また日本海岸の福井平野などでもやはりこの時期に大規模な森林交代が行われている。東北日本や北海道地方でもそれぞれの土地に応じた森林交代がすすんでいた報告があり、日本列島全土にわたって大規模な緑の衣替えがなされたといえよう。

 1967年にインドで開催された国際花粉学会に私も出席したが、従来は花粉分析の空白地帯であったシベリア、ニューギニア、南アメリカ南部などからも完新世最大の森林交代は8,000年前から6,000年前であるという報告が相ついでなされた。このようにみると、この時期は地球全体に温暖化が最高に進んでいた時期である。わが国では年平均気温が約1〜2℃高かったという推定値も発表されている。

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