神戸の自然シリーズ12 神戸の地層を読む1
  前ページへ 目次へ 次ページへ
1.青粘土の中の象化石
アカシ象が見つかった溝端の青粘土層。

アカシ象の歯は黒い木片のようにも見えた。

 アカシ象の臼歯は、思いがけないというか、何でもない所で通りすがりに見つけました。昭和五十六年六月三十日、私(前田)は地形学を研究している八木浩司さん(東北大学)と、西神戸にひろがる火山灰の地層を調べていました。その日は、朝から雨模様でしたが、昼過ぎには地面をたたきつけるような土砂降りになりました。私たちは車の中で雨を避け、小降りになるのを待って、その日の最終のコースの太山寺(たいさんじ)の南の谷に向いました。

 神戸市の研究学園都市に予定されている伊川谷(いかわだに)町小寺(こでら)地区の谷に入って、「今日の最後の火山灰はもうすぐですよ…」と、八木さんの説明を聞きながら、ふと足許に視線をやりました。いつもは乾いている狭い溝は、昼からの強い雨で、濁った水が勢いよく流れています。その水際の青粘土の中に、こぶし大の黒い物があるのに気づきました。私は、骨だな、もしかすれば象かも知れないと直感し、

 「八木君、象だよ、アカシ象だ」

この黒い物が象の化石とはわかっていないし、ましてアカシ象であるとは全く自信もないのに、私は願望の気持ちをこめていいました。

 「ほんとですか」

 彼は、ヤマカン的な私の言葉にうながされて、ハンマーでつつくようにこの黒い魂りを軽くたたいてみました。コン、コンという硬い音がかえり、それは木の化石ではなく、骨の化石の音です。しかし、これだけでは象の化石と断定はできません。私は溝の上におおいかぶさって、化石に顔をくっつけんばかりにして確かめました。青い粘土が化石のまわりをかたく包んでいます。水に洗われている僅かな断面には、脂光りのする黒い骨の一部があらわれています。どうやら骨の中心には、骨特有の空所を満たしている綱目のような髄はなさそうです。これは背骨や足などの骨ではなく、頭とか、歯の一部らしい。そう思って詳しくみると、この化石は象の臼歯を特徴づける分厚い、太い稜(咬板) であるのがわかりました。まちがいなく象の歯です。

 「僕の心臓は、ドキ、ドキと鳴っています。象の化石を掘るなんて、生れて初めての経験です」

と、八木さんの瞳は発見の喜びで一だんと輝いています。

 象の歯だとわかってからの二人は、ほとんど口をきかないで、発堀に熱中しました。車に戻れば、スコップがありますが、遠くに置いてきましたから、ハンマーだけで掘りました。まず溝の底を深くし、流れをよくすると、水かさが減って、化石が水から離れ、作業がしやすくなりました。つぎに化石をいためないように、慎重に、遠回しに掘りました。
 およそ一時間かかって、手で持てるぐらいの大きさにして、化石を青粘土から離すことに成功しました。歯の本体はあんがい小さく、どうやら手の平にのりそうな大きさです。たぶん、ここへ溝をつけたときか、何かの原因で半分ほど欠けたようです。二人のハンカチを出し合って、その化石を包んで帰るころには、あたりは薄暗くなりかけていました。

 このままの状態でおくと、やがてポロポロになってしまいそうだし、気がかりなのは、この象の歯はアカシ象らしいが確信の持てないことです。これをさらに詳しく調べてもらうため、象の化石を専門に研究している大阪市立自然史博物館の樽野博幸さんの所へ持って行くことにしました。

前ページへ 目次へ 次ページへ