神戸の自然シリーズ12 神戸の地層を読む1
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-1.大きな崖が提供する情報
道路工事であらわれた大露頭(昭和56年4月)
下半分を占める粘土層の中に貝、サンゴ、サメの歯、ウニなど多くの化石がつぎつぎ発見された。この地層つくる物質や色のちがいは、地層のできた当時の自然環境のちがいを反映したものであった。


 研究学園都市の工事現場を、私たちがたぴたび訪れることになったきっかけに、「高塚山の大露頭」と呼ぶことになった大きな崖の出現があります。

 「露頭」 というのは、地質学ではよく使われる用語で、地層や岩石が直接地面に露出していて観察できるところのことです。その露頭は、研究学園都市と垂水区学ケ丘・乗越(のりごし)峠とを結ぶ「学園・多聞線」 の道路工事で、あらわれた高さ40メートル、延長400メートルに及ぶ大露頭です。

 地下に眠っていた地層が一気に切り開かれ、その断面を見事に見せてくれた様子は、まさに大露頭と呼ぶのに、ふさわしい姿でした。私たちはここからずいぶん多くの情報を得ました。

おぴただしい貝の化石

 私たちが最初にここを調べたのは、昭和56年4月のことでした。以前からここには貝化石を含む高塚山粘土層と名づけられた地層のあることが知られていました。一日の調査をほぼ終えて、「ちょっとついでに......」という感じで通りかかったのです。

巻貝(アカニシ)もよくさがすと見つかる。 層になって密集するカキの化石
最大40cmのものもある。(高塚山の西方、小束山)


 何よりも目を奪われたのは、崖の下半分を占めている暗い色調の青灰色の粘土層の中のおびただしい化石でした。近づいて見ると、白いものが斑点のように散りばめられています。よく見ると、貝がらの化石なのです。一見してカキとわかる貝がらがほとんどですが、良くさがすと、二枚貝や巻貝もあります。

 化石といっても現在の海岸にあるものとあまり変わらない感じで、貝がらの内側には、うすいピンクがかった色調が残っているものもあり、新しそうに見えます。とても何十万年前の化石だとは思えません。貝の化石は厚さ7mの粘土層の真中あたりの1mぐらいの部分に層をなして続いているようです。粘土の中に化石があるというより、化石の間を粘土が埋めているといった方がよいほど、貝がらの密集している部分もあります。

 ところで、ここからどんな化石が見つかったでしょうか。

現在は絶滅したホタテガイの仲間には2種類あった。(タラミスハリメンシス、ポラタラミスヤグライ) 取り出した貝化石のいろいろ


 一番多いカキは、現在も浜辺に生息しているマガキの化石です。カキフライや酢ガキでも親しまれているカキです。これについで多いのは、ホタテ貝に似た貝で、それほど大きくはありませんが、表面のすじ(肋)に、強く粗いものと、強弱が不規則で細かいものとの二種類あります。穀の表面が減り、生長脈がぼやけたシジミに似た貝や、数は少いがハマグリ型の化石も見つかりました。小型ではあるが、かみ合わせの歯が櫛の歯のように多く、直線状に並んでいるものや、表面に短い錬のような突起が出ているもの、表面は平滑で、穀が薄く、すぐに壊れるものもあります。巻貝も採集できました。ホラ貝のように殻が厚いアカニシや、ずんぐりしたツメタガイの仲間もあります。これらの貝化石の正確な名前は、専門の論文や貝類図鑑で調べることにして、それから後も、ここへは何度も足を運びました。私たちのほかにも採集を試みた人があり、あとから珍しい化石をとどけてくれた方もおられます。次のような化石が発見されています。


メジロザメの歯(池田正宏さん森俊幸さん採取)

 シオガマサンゴ

ギギーの下あご
濱本能一君採取
(当時多聞東小6年)

エイのしっぼ
森俊幸さん採取

カキに付着しているサンゴ


 サンゴの化石、これまでに10数個採集されましたが、これは昭和58年2月の寒い日に、最初のものが発見され、それっというので私たちのグループが血まなこになって探しましたが、その日は僅か3個だけ見つかりました。ここから出るサンゴは、サンゴ礁をつくるような大きいものではなく、指先大の単体サンゴで、カキなどに付着している状能のものが見つかります。単体サンゴの採集に力を入れたのは、うまくすれば、この地層のできた年代がサンゴで決められるのぞみがあるからです。イオニウム法年代測定といい、放射性元素を使って、何十万年前かを測ります。その前に、正確に種を決めねばと思い、サンゴ化石の研究者の浜田隆士さん(東京大学) の所へ、標本をもっていきました。

 サンゴの次は、サメ(鮫)の歯です。鋭く尖る歯先と、細かなギサギザは、何とも不気味ですが、歯特有の美しい光沢で輝き、昔の人がこれを″天狗の爪″といったのはなるほどと思います。これだけ完全な形の歯であれば名前もわかりそうなので、サメの歯をもとにサメの進化を研究している久家直之さん(京都大学)に鑑定を依頼しました。

 サメのほかに魚の化石には、エイのしっぼにある毒針とギギーの下あごの化石なども採集されています。また、フジツボや角(つの)貝、ウニなどの珍しい化石も見つかっています。

 化石採集を英語でホッシル・ハンティングといいます。化石猟というのでしょうが、獲物を採す狩猟家の気持が、地層から未知の獲物を掘りだしたときの興奮をうまくあらわしている言葉だと思います。

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