神戸の自然シリーズ6 神戸の野鳥観察記
  前ページへ 目次へ 次ページへ
■6.タマシギ −一妻多夫の社会

3.一妻多夫の風変りな繁殖

 繁殖期に入る晩春の夕方、雌はよく通る声で鳴きはじめる。低い声で 「ウーォッ、ウーォッ」と数声鳴き、続いて大きな声で 「コーッ、コーッ」とやる。5〜6声で終ることが多いが、最盛期になると30〜40声続けて鳴くことも多い。同じ水田地域に鳴くバンやヒクイナ、カエルの声と重なってもひときわはっきりと響きわたる音色である。盛んに鳴く頃はこの声によって所在がわかり、大まかな数もつかみやすい。雄雌の棲息比がわからないので鳴かない雄は数にあがってこないから片手落ちかも知れないが、一般に多くの鳥では雄雌の棲息比はそんなにかけはなれたものでない。しかし、タマシギではその習性から見て繁殖期の一定区域内の棲息数は雄の方がいくらか多いのではないかと推定できる。これは、この鳥の繁殖習性の雄雌の仕事の分担が、ふつうの鳥類と大幅に転倒し、その上一妻多夫の珍らしい鳥だからである。これから紹介する話は、この風変りを繁殖習性を中心としたものである。

 ふつう鳥は雄が美しい立派な飾り羽をつける種類でも、目のさめるような派手な色の鳥でも雌は地味で目立たない。美しい声で歌うのも雄で雌は単純な声しか発しない。タマシギはその逆である。前に書いたように雌の鮮かな色にくらべて雄の斑紋は基本的には雌と大きな差はないが何となく牙えない。体格を見ても雌の方がずっとたくましい。

 早い年には3月下旬、たいていの年は4月に入ると西神戸の水田地域で雌の声が聞かれるようになる。初認の頃は毎日というほどではないが、その声はだんだんと熱を帯びて、五月頃に最高潮に達する。時には10月頃にも鳴くというが、真夏になると声はたしかに少なくなってくる。はじめのうちは夕方に5〜6声鳴くていどであるが、最盛期になると昼間も夜間も鳴き20〜30声を続ける場合が多くなる。「ウーォ、ウーォ」の声はそうでもないが、「コーッ、コーッ」と鳴く声は夜の水田によく響きわたる。1kmも届くというが、私が測ったところでは300〜500mほどと推定した。神戸近郊の田園にも最近、都市的騒音が伝わっているからかもしれない。小柄な体に似合わないこの大きな声の出る理由を小林平一氏が解剖学的に調べているが、雌の頸部はこの季節になると一面に皮下脂肪が厚くなり、気管は食道より長くなって、そのまわりにたくれたようになるなどの変化が見られ、また、鳴いているものは食道に空気が充満し、太くなっていたという。

 産卵期が近づいたタマシギの雌は、配偶者を求め、その関心をひくため誇示動作(ジスプレー)を見せはじめる。ここまで来ると雄雌の習性はもう完全に逆である。営巣を間近にひかえた雄雌が行動を共にしはじめる頃から、繁殖活動の終る季節まで、この動作はつづく。草のまだ繁茂していない早期の繁殖のときに見えやすい。雌の行動は大胆になり、草の少ない裸地に近いような所でさえもジスプレーをやることがあり、こんな所にもタマシギがいたのかと驚かされるのも、この季節である。

 ジスプレーの状況は次のようである。何事もなくふだんの通り、雄雌2羽が並んでいっしょに餌をとっているときとか、雄の巣作りを雌が見守っているとき、突然、雌が雄に向って雄鶏がけんかをしかけるような姿勢で直立する。この態度の急変は見るものをして唖然とさせる唐突さである。続いて両翼を広げて垂直に上へのばし、翼をふるわせ、体を右左にゆり動かしながら、しゃくり上げるような動作をくり返す。「ゴォーッ、ゴォーッ」というような声をたて、雄の移動方向に体を向ける。その動作は全身の力をふりしぼって行なっているようである。いっぽう、その間の雄は、雌のこの動作にまったく関心を示さないようなふるまいで、餌をとり、そして営巣作業を続行している。忙がしくてダンスなど見ておれん」とでもいいたげを態度である。ジスプレーは2〜3分つづくが、これも突然何の予備動作もなく、パッと元の姿勢にもどる。尾を2〜3度上下に振り、夢からさめたように、そして何事もなかったかのように普通の動作にもどってしまう。このジスプレーはこの鳥の白色部−−翼の下面、脇、胸、腹を長時間見せて行うことになり、ふだん完璧な保護色に包まれている鳥だけに見る者に強い印象を与える。また、この頃の雌は、テリトリーを守るため、侵入して来た他の雌と争うこともあるらしいが、雄にはそのような習性はほとんどないらしい。きわめて近い間かくで2つ以上の巣を見ることができるのもこのためである。

 巣は水田跡や休耕田、荒れた湿地などにみられる。草の中にあるから、少し離れると見えないことが多い。巣は草の株と株の間や稲の刈株の間に地上から巣材を積み上げて作る。巣の大きさは外径が20cmぐらいだが、株の間隔の大きさによって形や大きさに差がみられる。形も円形に近いものから、楕円状のものまでさまざまである。産座は浅く、1〜2cmのくぼみになっている。材料は外側も内側もあまり変らない粗雑なものである。巣の厚さは巣を作った場所の水の深さによって変化が大きい。材料として多く用いられるのは稲の古株のワラや雑草の茎で、巣に近い所からかき集める。小鳥の巣作りのように遠いところから口にくわえて運んで来るようなことはないという。巣になるべき場所に立ち、まわりの材料を泥の中からひき抜いて自分のまわりに積み上げていくといった作り方である。

 巣の場所が、雑草の密生している所ならば、巣に通うときの道が草をかきわけたトンネル状の通路になり、その通路は巣を中心に何本かが放射状に出ることになる。これは営巣をはじめる前から同じ場所を何度も通ることによって作られるという。営巣の作業は雄が中心となり、雌は少し手伝う程度で、やはり一般鳥類とは逆である。巣は5〜6日で完成するが、産卵後も巣材を追加するから、どの工程で巣が完成したかを決めるのは無理である。巣が完成した頃から交尾がはじまるが、これは他の鳥と大差がない。卵はふつう1日に1個ずつ産み、通常の産卵数は4個である。2卵を産んだその日から雄は抱卵をはじめる。抱卵をはじめてから数日間は、他の鳥と同様に雄は熱心さがなく、たびたび巣を離れて採食に出かけたり、巣材を追加したりすることも多い。しかし、日がたつにつれ熱心さを増し、採食も近くですませるようになる。いっぽう、雌は最終卵を産み終えると雄を見捨てて巣に近よらず、新しい雄を求めてそれと共に暮らし、次の産卵にとりかかる。そして、10日余りたつと早くも第二の雄との間に産卵がはじまるという。そして、それも産み終ると第三の雄と新しい家庭をもつということになる。しかし、第一番目の雄とは完全に別れたわけでなく、たまには巣を見まわりに来ることもあり、その雄に危険がせまった時にはかけつけて外敵の威嚇に当るという観察例が知られている。また、同時に多くの雄と交わるようなことはないから、一時に多くの雄を従えて歩くようなこともない。雌のこのような習性は繁殖期の続く限り産卵をくり返し、種族の保存のためにつくさねばならない苛酷な運命に従っているのであって、人間社会と同じように考えることはできない。自然界のきびしいおきてである。

 抱卵をはじめ18〜19日たつと卵は腑化をはじめる。ニワトリ同様、タマシギの雛も早熟性の系統に属するから、ウブ毛が乾くともう歩くことができる。やがて雄は雛をつれて巣を離れ、草むらをくぐる生活に入るが、雛をつれた雄は特に用心深くなり、姿を見せることはなく観察はむづかしくなる。雛は自分の嘴を泥の中へさし入れて自ら餌をとることもあるが、小さいうちは、雄親が泥の中から探し出した餌を地面からもらう場合が多い。雛を引率している雄親が雛を呼ぶ時には「ジェツ、ジュッ」と小さな声で鳴く。抱卵期の雄親もそうであるが、雛をつれた雄は人が近づいてもなかなか飛び立たない。自分の保護色をたよりに翼を半開きにして伏せている。威嚇や擬傷をすることもあるが、この話はまた別の機会にしたい。幼ない雛は外敵が近づくと、伏せて不動の姿勢をとり動かない。自己の保護色を信頼しているようにみえる。その雛も25日ほどたてば羽毛もそろうが、その頃になってもまだ敵の接近には不動の姿勢で伏せるようである。しかし、もう飛べるから手をさし出して捕えようとすれば飛び立ち、小さい時のように触れても動かないというようなことはなくなる。

 雌親は他の雄と生活しているため育雛には関与しないが、全く無関心でなく、雛が危険にさらされ悲鳴を上げたような時には近よって来ることが知られている。

 タマシギは泥の中から餌をとることが多い。イネ科の雑草の種子をその茎から直接むしりとって食べることもするが、多くは泥水の中へ嘴を入れ、ジャブジャブさせながら餌を探しまわる。雑草の種子が主な食物であるが、水棲の小昆虫やミミズ類、小型の巻貝など広い範囲の食性をもっている。泥の中をさぐる適応から嘴は柔かく自由に使うことができるようになっている。


クマシギ チドリ目 夕マシギ科
 雄は傾から頭上、後頭までは褐色がかったオリーブ色で頸部につづき、暗色の細斑が密に分布する。幅の広い黄褐色の頭央線が後頭までのびる。脛、喉は褐色味のある汚れた白色である。背、肩羽はオリーブ褐色で、その濃淡と白色の細い横縞や黄褐色の斑紋は複雑な模様になっている。上胸は淡褐色、下胸と腹は白色である。左右の側胸には白色の幅の広い帯が肩の近くまでのびる。肩から背にかけてX字形の大きな黄白色の模様がでる。脇は白色である。初列次列風切羽は灰色で基部近くは暗色になる。黄橙色の大きい楕円形の斑紋がある。尾は灰色で黒の細い横縞があり、黄橙色の横斑がほほ3本の横縞をつくる。嘴は赤褐色で基部は暗緑色で先端は黒い。虹彩は暗褐色。脚は暗灰〜暗緑色である。
 嘴峰 40〜46mm、翼の長さ 122〜125mm、尾の長さ 36〜39mm、 36〜39mm、開長 440〜455mm、全長 235〜248mm、体重 120〜190g。
 雌は、体の上面はオリーブ色がかった暗褐色で、細い黒色の横縞がある。眼の周囲の斑紋は雄より幅広く白い。喉、腮は淡い赤褐色、上胸から後頸にかけて栗色で、下胸から腹部へは白色、側胸の白色部の前後は黒褐色の幅の広い帯でふちどられている。肩から背にかけて白色のX字型の模様があらわれる。虹彩、嘴、脚は雄に似た色である。色彩は雄にくらべて全般的に明瞭である。
 嘴峰 46〜50mm、翼の長さ 128〜146mm、尾の長さ 40〜47mm、 41〜46mm、開長 460〜480mm、全長 250〜270mm、体重 177〜220gで雄より一回り大きい。
 アフリカ大陸、インド、マレーシア、フィリピン、ボルネオ、中国の南東部に分布する。わが国では本州中部から琉球にわたって生息する。

英語名 Painted Snipe
学 名 Rostratura benghalensis (Linnaeus)

前ページへ 目次へ 次ページへ