神戸の自然シリーズ1 六甲の断層をさぐる
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無名断層,300日の抵抗

 昭和53年(1978年)も終りに近づいた12月23日、私は桜井三男さんを東京に訪ねた。桜井さんは六甲トンネルの最難工区であった御影工事区で、区長として指揮をとられた方である。アフリカのザイールの鉄道建設の指導から帰国されたばかりだったが、私にはちょうど10年ぶりの対面である。

 桜井さんは六甲トンネルのあと、関門海峡の毎底トンネルで30メートルの破砕帯をくりぬく工事を担当された国鉄きってのトンネル技術者である。トンネル技術者としての顔は国際的にも知られており、ブラジルでもトンネル工事を指導してこられた。

 ここでは、芦屋川拾いの斜坑で遭遇した無名断層の破砕帯を突破したときの模様を再現してもらおう。


桜井さんの話

 あれは非常にきびしかったですね、仕事としては。

 破砕帯の幅は狭いし、わずか10メートルぐらいでしょう、地質学的には小さい断層でしょうね。まだ、名前がついとらんですか。

 その10メートルに10カ月かかったんですからね。そう、1日平均3センチですよ。

 今の私ならわかると思うが、そのころの私の技術では予測がつかなかった。あれだけやられるとは思わなかった。しかし、掘削をずーっと進めていって、だんだん山が悪くなってきたことは確かだった。

 それにしても、あれだけ突発的に急に出るちゅうのはトンネル工事としては珍しいですね。

 六甲では、何べんも出水や土砂崩壊にやられましたからね、もう水が出るぞと予測する感覚は身につきましたね。だけど、あの時は、まだわからなかったですね。

 汗をかきますね、切端が。

 ちょうど夏の暑い時に山を歩いていて、のどがかわきますね、そのときビールをのめば、いちばんいいんですが、水をガバッと飲みますね。すると、こう、ブーッと汗がふきでてくるでしょう。

 ああいう調子に鏡(岩石の表面)一面にプツブツと汗のように水滴がでるんですよ。

 さらに、水に近くなると堅い岩の割れ目からピューっと水が細い糸のように噴きだすんで、そうなれば絶対にあと何メートルか先きに水があるんですよ。

 それをあの頃は、まあ、見過した傾向があるんですよ。それからあとはだんだんわかってきましたがね。

 あのときの水圧は23キロでした。

 地上にある山は荒地山で、高さは500メートルそこそこでした。われわれのトンネルの入り口が220メートルぐらいで、坑口から300メートル進んだところに断層があったんですから、高さは150メートルぐらいです。山の頂上から出水した断層の個所まで350メートルの高度差があったわけです。350メートルで23キロだからいいですね。1キロ (1キログラム/平方センチメートル当り)はほぼ、水柱10メートルに匹敵しますから、この断層から上におよそ230メートルの水が、破砕帯にたまっていたとみてよいわけです。

 すごかったですよ、水が突発的に噴きだしたときは、またたく間に30メートルぐらい斜坑が埋没した。

 ふつうの断層なら岩盤がパァパァと崩れてそれで済むんですが、芦屋の場合はそういう状態でなくて、完全にペントナイト(酸性白土)を溶かしたような状態でしたょ。青い色のへドロですよ。切端に行くにも泥が水平にたまっちゃって歩けないんです。トロッとした山芋のようなもので、板を浮べてその上を歩いた。あんなひどいのは、それに近い状態のはこれまで見たものの、全く初めてでした。

 私も延べ70日ぐらいルート沿いの地表調査をした結果、この山はただごとでは済まぬぞ、と覚悟はしていたものの、あれだけやられるとは想像もしていなかったですよ。

 43年3月24日にこの高圧湧水帯に出あってから、ここを突破したのが翌44年1月24日です。まる10カ月かかってますね。要するに行っては戻り、行っては戻りの繰り返しですね。そして、薬液を注入して岩盤をかためて進んだものですから、薬液注入をするためにも、水圧が高いんで水圧を落とさゃなあいかんわけです。水圧を下げるのは、簡単にいえば水を抜くことです。その方法に非常に苦労したんですよ。水を抜くのに一番手っとりばやいのはボーリングですね、ボーリングを切端の横にやったんですが、一寸入ると、孔がつまって回らなくなる (ジャーミソグ) んですよ。非常な水圧でロット (鋼鉄製の心棒)がかまれて動かない。二メートルぐらい入るとストップする。そこで、少し大きい機械を持って来いってんで、それを投入して強引に回すと、今度はロットが捻じ切れてしまう。それじゃーてっんで上等のロットに換えた。そうすると、機械が後ずさりする。水圧に押され、ロットがかまれて前に進まぬもんだから、機械がずるずると後へ押し戻されるんですよ。そこで、岩盤にコンクリートを打って機械を固定して、やっと、少しずつ押し込んでいった。これでうまく行ったと思ったら、ロットを差しかえるとき、スピンドルをゆるめますね。そうすると、ロットがバァーンと10メートルぐらい後方へすっ飛ばされちゃう。そこに人がいたら完全に即死ですょ。それで、ロットが飛ばされんように岩盤にゆわえといたんですね。

 ところが一台の機械ではなかなか進まんのですよ。それで、敵も強いんだから、こっちも兵力を増そうではないかと、機械をふやしたんですね。まあ、ああいう狭いトンネルの中だから、何台も機械を置けないんで、結局、水ぬきの調査坑をたくさん掘って機械を入れ、水を内在する高圧の岩盤に立ち向わせた。ところが折角あけた水抜きの穴がつまっちゃうんです。出てくるのはへドロが主体なんですが、断層角礫も混じっているんで、そいつが穴につまるんですね。つまると、そこにへドロがつかえてしまって、水がチョロチョロとしか出なくなる。

 それで、こんなこっちゃボーリングでは駄目だというんで、思いきって調査坑そのものを山にぶつけてみいと、大きい穴を開けた。そうするとへドロがダァーっと出てくる。そして、あと二メートルぐらいで断層にぶつかるぞ、という所でやめる。それは、さく岩磯で掘るとわかるんですね。そして電気発破をかける。そうするとへドロが噴き出す。それにやられないように前もってバルクヘッド(防護壁)を作っておいてへドロのひろがるのを阻止する。

 こうして、10本の水ぬき坑を掘った。まるで大きな熊手のように、水をぬく筒10本で断層に向ったんですよ。そうこうするうちに水もある程度抜けた。そして最後の一本を斜坑の左右に一本ずつ掘った。すると水が減っているもんだから、何となく、数メートルの破砕帯の核心部が突破できた。そこで、その2本の調査坑を使い、断層の背後から攻めて水を抜いた。

 これでやっと敵の力(水圧) を弱めることができた。そうすると今度は正面に戻って斜坑の掘進です。

 まず薬液を使って周囲の岩盤をカチカチに固めておいて掘る。ところが、この時わかったのですが、薬液で岩盤を固めると水の出口も塞ぐことになるんですね。目には見えないが、岩盤の奥でひそかに、しかも着々と水がたまり、水圧が上がってくる。そして、バァーンと出水するんですね。

 こちらも、欲張らないで少しの距離を早く仕上げる一方、水は徹底的に抜いてやる。薬液注入というのは、ある意味ではモルヒネみたいなもんです。厚く注入して岩盤を分厚く固めると、その次に噴出してくる水の量は増えてるんですね。だから、結論としては、水を徹底して抜き、山のカをそぎ落とすんですね。要するに彼我の戦力で勝敗がきまるんだから、冷静に相手の戦力を分析せねぁいかんです。

 そうですね、結局、ここでは水を43万トン抜いたんです。それから、よその山では、水が出るか、山が悪い(岩盤がもろく弱い)かのどちらかなんですね。ところが六甲は山が悪くて、その上に水が出る。花こう岩の山の特徴ですね。花こう岩の長石が弱い。すぐっぶされる。そこへ水がしみこんで加水分解をはじめて、粘土に変化していく。その変化そのものは、物性上からみれば、そこの環境に応じて安定化する方向に進んでいるんですが、トンネル屋からみれば、こいつが甚だ工合が悪いんです。

 話しはかわりますが、私は戦争中は海軍の航空隊だったんですが、レイテ沖と沖縄沖で二度撃墜されたんです。しかし、低空だったこともあって、泳いでいるところを救助されたんです。この時の体験ですが、敵地に向うときは何の恐怖も感じない。ところが戦場を離脱しはじめる瞬間から、非常にこわくなる。私は決して戦争肯定論者ではないが、このとき、使命感というのを随分鍛えられた。そのためか、トンネル工事で難局面にぶつかるとトコトンその現場を見きわめたくなる。

 芦屋の斜坑でも、水を抜いてへドロが流出したあと、工事を再開するのを決めるために切端を調べに行く。ヘドロの上に板を浮べ、頭は天井につかえるから、四つんばいになって泳ぐようにして切端に近づく。するとですね、岩盤の向うでゴオーっとなる山鳴りが聞える。こちらで水を抜いたもんだから、向うの新しくできた空間に断層粘土や土砂が移動して、つもっている音なんですね。これは、いつくるかわからないが確実に襲ってくるもんですね。ときには、ゴロゴロとかコロコロといった石ころの転がる音もしている。たいてい、昼休みなどのコンプレッサーをはじめ機械類の停止している静かな時に行くもんだから、何か不気味な気がする。いい知れぬ圧迫感すら感じることがありましたね。

 まあ、トンネル工事というのは、完璧でなければならぬということですね。たとえ一センチでも完璧に施工して前に進まねばならぬ。そのためにあらゆる事態を検討するんです。六甲トンネルの私の区間では88回も土砂崩壊や異常出水に遭遇しているが、こういうところでは、一件も人命にかかわる事故は起していないんですが、かえって岩盤の安定したところで事故は発生しとるんですね。今から思えば、あの山の悪いところでよく掘れたと思うんです。私はいつも思うことですが自然のもつ偉大さというか、そのエネルギーには工事のたびに身をもって知らされますね。山が動いているとき、つまり土砂崩壊が発生したり、掘削したトンネルの断面が少しずつ変形しているようなときは、人間がどんなに躍起になって立ち向おうと、相手にはなりませんね。勢いのおもむくところというか、自然の理をよくわきまえて、それにさからわず合わせていくことですね。

 桜井さんは長時間にわたる取材が終ったあと、時折り見せる彼独特の表情である、何事が起っても瞬きひとつしない、きりっとした、六甲トンネルでみかけた10年前と同じきびしい顔付きでこの話を締めくくった。

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