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4−1.アカホヤ火山灰の発見
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アカホヤ火山灰中の火山ガラス(約80倍,新井房夫氏提供)
アカホヤというのは,南九州ではこの火山灰が熟した温州ミカンに似た
色をしているので名づけられたもので,赤っぼい土という意味である.
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ところで、私たちは、玉津が海であった時期に起こった大きいできごとにかかわる重大な発見をしている。それは火山灰の層がみつかったことである。玉津環境センターに訪れた最初の日、やや黒っぽい海成層の中に横に一すじ、幅10センチぐらいにくぼんでいる個所があるのに気づいた。そこは上下の地層にくらべて少し色調がうすく灰色がかっている。近づいて手にとってみるとそこだけはさらさらして砂粒のようであり、粘土分は全く含まれていない。砂粒と思ったものは、火山灰に多い火山ガラスである。この時期に大規模な火山爆発があり、空高く噴出された火山灰がここまで飛来しているのである。
この火山灰をもって神戸大学の宇井忠英さんを訪ねた。宇井さんは火山岩の特徴にもとづいて火山の噴出機構をさぐつている火山学者である。宇井さんはこの火山灰をサッと洗い、砂粒から火山ガラスや鉱物を分離した。そして顕微鏡でのぞくなり、「これはアカホヤ火山灰ですよ。まず99%確実ですね。」とずばり断定された。
アカホヤ火山灰というのは、約6,000年前に南九州の海底火山(鬼界カルデラ)が噴出活動したときに、日本全土をおおうぐらい広範囲に火山灰を降下してきたものである。宇井さんは、ていねいに火山ガラスや紫蘇輝石(しそきせき)、磁鉄鉱などをみせてくれたあと、「もし確実にこの火山灰の噴出源を決定しょうと思われるのであれば、群馬大学の新井房夫さんの所に行きなさい。火山ガラスの屈折率の測定にかけては、現在では新井さんの所が一番ですよ。」と教えてくれた。
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アカホヤ火山灰は日本列島をひろくおおった。(町田 洋・1978)
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10月のはじめ、東京に出張した機会を利用して、前橋市にある群馬大学に新井さんを訪ねた。新井さんは、5cc入りの管びんから火山灰をとりだし、親指と人差指でつまみとり、シャリッとこすり合せて、その感触を確かめ、「これはアカホヤです」と確信に満ちた表情でいう。経験豊かな物事に熟達した人に判断をあおぐとき、このような場面に出くわすことがある。たぶん、新井さんも関東ロームの研究以来、十数年間火山灰を顕微鏡下でみてきた経験が、指先きの感触だけでも火山灰の判定ができるようになったのであろう。
一週問のちに新井さんから、玉津の火山灰は鬼界カルデラから噴出したアカホヤ火山灰に間違いないとの連絡をうけた。火山ガラスの板状構造を示す写真とともに、その屈折率は1.509〜1.513であり、普通輝石、紫蘇輝石、磁鉄鉱を含むことなど、アカホヤ火山灰の特徴と一致する調査結果があげられていた。約6,000年前、火山活動のことなど知らない縄文人がここに生活していたとしたら、この時の降灰をどんな気持ちで彼らは受けとっていたであろうか。 玉津でみつかったアカホヤ火山灰には、まだいくつかのできごとが関連し、新しい事実が発見された。
アカホヤ火山灰が地層として海成層中にはさまれている現場がみられるというので、何人かの地球科学者が神戸にきた。神奈川県立博物館の松島義章さんもその一人である。松島さんは貝化石の研究者で、関東地方における縄文海進の海況を主なテーマにとりくんでいる。玉津環境センターでアカホヤ火山灰をみて松島さんは、この噴出年代を測定してみようではないかという。アカホヤ火山灰は、これまで九州をはじめ日本各地で年代測定が試みられ、30試料ほどの測定値が発表されている。それをまとめた町田洋、新井房夫さんは、その噴出時期は6,000年〜6,500年前の間ではなかろうかと予測している。
玉津のアカホヤ火山灰は、貝化石を含む地層中にあるから、その上下の貝の14C年代を測定すれば、ちょうどアカホヤ火山灰をはさむ形になる。そして試料をヒメシラトリガイ1種のみにすれば、14C年代の精度は一層信頼度が高くなるのではないか。
10月末、寒冷前線による冷たく、激しい横なぐりの雨の中で、松島さんとヒメシラトリガイの化石をピンセットでほじくりだす作業がはじまった。14C年代の測定には40グラムの貝殻が必要である。これだけ集めるのに雨中の作業は2時間をこえた。
そのころ、金沢大学の放射化学教室の阪上正信(さかのうえまさのぶ)さんから、新しく設置した14C年代測定装置のならし運転のために、すでに年代測定値が出されている試料を提供してもらえないかとの依頼をうけた。そこで、この玉津のアカホヤ火山灰とヒメシラトリガイの経緯を話し、学習院大学と、同じ試料で年代測定を行なうという珍しい試みをすすめる機会が生まれた。神戸市出身である阪上さんは、ヒメシラトリガイの試料をうけとりに、わざわざ金沢から、車を駆って教育研究所に来られた。
こうして学習院大学の木越研究室と金沢大学の阪上研究室でほば同時に測定されたヒメシラトリガイの14C年代の結果は次のように出た。
火山灰の直上20センチ内 |
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6,370 |
± |
150 |
年前 (GaK−7801) |
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6,370 |
± |
80 |
年前 (K1−111) |
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90 |
火山灰の直下15センチ内 |
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6,390 |
± |
180 |
年前 (K1−112) |
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6,580 |
± |
160 |
年前 (GaK−7800) |
火山灰の直下40センチ内 |
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6,290 |
± |
80 |
年前 (K1−113) |
GaKは学習院大学、K1は金沢大学が測定したコード番号である。 |
これで明らかなように玉津の5試料のうち、3試料までが6,300年代という測定値が得られた。アカホヤ火山灰の噴出時期を示す14C年代で、これだけ集中度の高い年代が得られたのは、はじめてのことである。鬼界カルデラの噴出活動は、14C年代でほぼ6,300年前とみてよいのではなかろうか。
この年代の意味するところは大きい。たとえば、さきに述べたコナラを中心とする落葉樹林からカシの多い照薬樹林に代る時期は、玉津ではちょうどアカホヤ火山灰の層準である。両者の花粉粒の数がこの層から上では1対1をこえカシ類がコナラ類を上回っている。本格的な照葉樹林の繁栄期を示すものとみてよい。他の地域では、この時期の森林の交代はどのような形ですすんでいたのであろうか。今後、この問題に関する情報がふえてくるものと思う。
アカホヤ火山灰は、ちょうど6,300年前という時間を示すカーペットを日本全土にふわりとかけたようなものである。陸上に降灰したものは、雨水によって川や海へ運ばれて残る機会は少ないが、海や湖には堆積物中に時間化石としてのアカホヤ火山灰は広い範囲にわたって残っている。考古学の発掘現場からも発見されることがあるかも知れない。
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(次ページへ続く) |
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