 |
 |
3.三角州がここにあった
|
 |
私たちは、ここで今までの常識をくつがえされるような不思議な地層にぶつかりました。上の写真かそれです。新しく建てなおされた若葉学園のうしろに見える地層は、砂とれきでできた地層です。海成粘土の上に重なる地層です。この地層は20度ほど西の方へ傾いています。こんなぶうに20度傾いた地層、これだけなら特にとりたててどうこういう必要のないありふれたことです。
ところがこの地層の傾きは実に不可解で不思議なことなのです。写真で見てもわかるようにこの砂とれきの地層の下には粘土層があり、粘土層はほとんど水平なのです。
これは一体どういうわけなのでしょうか。もしこれが逆で、傾いた地層の上に水平の地層があるのなら話は簡単なのです。下の地層が傾いて削られその後砂れき層が堆積した場合はそうなるでしょう。しかしここでは下に水平な地層があり上にある地層は傾いているのです。私たちは、わけのわからぬままこの事実をフィールドノートに記録し写真をとったのです。
|
 |
数日後、今度は大阪市立大学の藤田和夫教授といっしょにこの露頭を訪ねました。藤田教授は大阪・神戸はもちろん西日本全体の最近(第四紀)の土地の動きがどのようなしくみで起ったかという問題を研究しておられる研究者です。そのような立場から以前から西神戸の地層についても研究しておられました。私たちのこの地域の研究についても、ずいぶん多くのことを教えていただき指導してもらいました。
藤田先生は、この露頭の全体を見わたし満足げな表情でうなずくようにこう言われたのです。
「私が以前から言っていたとおりのものがズバリ現われましたね。なかなかこれが理解してもらえなかったんですよ。あの砂れき層のデイップ(傾斜)はオリジナルなものに違いないですね。デルタ(三角州)のフォアセット(前置層)の堆積物で、東から西に流れ込む河川によって形成されたのです。下部の粘土層は、そのボトムセット(底置層)に相当します。フォアセットの上位にみえるれき層は、トップセット(頂置層)に相当する可能性があります。地層の傾斜が必らずしも地殻変動を示さない場合があることをみごとに見せてくれましたね。こんなに明瞭にデルタデポジット(三角州堆積物)の構造全体が、観察できる露頭は始めて見ました。
ただ注意すべきことは、下の粘土から最上部のれき層までが1回の堆積のサイクルでできたものではなく、この間には数回の堆積サイクルがあることです。」
|

三角州の表面と内部のしくみ
|
デルタとは三角州のことです。砂やれきの層が20度ほども傾いているのは、もともと地層ができた時、すでに傾いて堆積したのだというわけです。三角州は河川が海や湖に流れこむ所にできるもので、現在の三角州の調査から上の図のようなしくみになっていることが分っています。浅い湖や内湾の沿岸部にまず粘土がほぼ水平に堆積します。その上に流れ落ちこむように砂やれきが堆積していきます。その堆積部はどんどん海の側に前進していきます。そして最後に水面すれすれの位置に水平にれきや砂がたまり、海だったところがやがて陸の土地となってあらわれるのです。
一番下に広がる粘土層がはじめにできた底置層(ボトムセット)そして傾いた砂と砂れき層が前置層そして一番上のれき層が頂置層にあたるとい、つのが藤田教授の解釈です(7)(8)。

この藤田教授の説明のみごとさに私たちは感心せざるをえませんでした。
「そう言えば、確かそんな図を何かの本で見たことがある。」藤田教授の説明を聞いて思い出しました。家に帰って「堆積学」という本を開いてみるとその通りの説明がしてあります。
私たちが知識として知っていても、現実の事実を前にしても、知識と事実が結びつかないことが多いものです。「三角州堆積物」の死んだ知識が、この露頭と藤田教授の説明で「生きた」ものになったという感激がありました。
「地層は水平にたまる」というのは、一見あたりまえのことであり、しかも地層を観察する上では一番基本になる原則とも言えることです。しかしそれが原則であるからといってもすべてがそうなるわけでないのだということを教えてくれた地層だったと言えるでしょう。
|