神戸の自然シリーズ6 神戸の野鳥観察記
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■1.卵や雛を守る親鳥
コアジサシ

1.六甲アイランドのコアジサシ

 赤道をこえた南半球から、はるばる神戸を訪れるかわいい海辺の鳥である。

 背は灰色だが腹は白い。ヒヨドリよりひとまわり小さく、いっそう細身のスマートさは、大旅行家にふさわしい体型だ。翼は細長く、開くと50センチほどもある。尾はツバメのように深い二又になっている。

 軽々とした羽ばたきで、すいすい飛んでいるが、空中の一点に静止し、浮上してくる魚を待ち、いきなり猛烈な速さで水に突きささっていく。「鯵刺し」の名の起りである。

 1980年6月、六甲アイランドの埋立造成地だけで約千羽を数えた。池や川にも少しはくる。

せまってくるコアジサシ

 コアジサシが大挙して神戸にくるようになったのは、ポートアイランドに引続いて六甲アイランドの造成工事がはじまってからである。この二つの人工島は、その過程で、神戸港外に大規模な干潟をつくった。冬は熱帯のボルネオをとおり、南半球のオーストラリアまで渡って寒さを避けるこの鳥は、春、産卵に神戸を訪れ、雛を育てて、夏を過し、ふたたび南の国へ渡る。

 コアジサシの産卵期の6月、六甲アイランドを訪れた。荒涼たる砂漠を思わせるだだぴっろい海上の島は、淡路島や西神戸から運んできた埋立土が目いっぱいにひろがっている。六甲アイランドの中ほどに深く入江状に残された入り海とその周辺がコアジサシの産卵地である。

 空には数百のコアジサシがやかましく、渦をまくように舞っている。人間が近づくと抱卵中の親鳥に空から知らせるものがいるのか、100mも手前から、はやばやと鳥たちは飛び立ち、地上には親鳥は1羽もいない。

 花こう岩ギョウカイ岩、どちらも白っぽい反射の強い岩石で、サングラスを持たない私たちは、目を細めて強い照りかえしの中をあちこち探したが、卵はなかなか見つからない。最初の卵は、すんでのところで踏みつぶしそうになって見つかった。卵は長径33ミリ、短径24ミリ、重さ約9グラムである。驚いたことに見事にカムフラージュされたとしか思えない模様が殻の表面にプリントされたように見える。灰色の地に黒い点模様が、まるで花こう岩の黒雲母そっくりである。手にとって見ると、黒の斑点模様が、黒ウンモや角セン石の形そのままである。しかもすみずみが角ばっているところまで、その配色と造形ぶりが心憎いほどのできばえである。これでは見つからぬはずだ。

 ところが、親鳥の労働で、巣は浅い皿状にくぼみ、その表面はていねいにならされている。まわりはブルドーザーが引っかいて平担化しただけであるから、はなはだ不揃いである。それに比べれば、わずか20センチそこそこの凹みだが、巣は整然と整地されている。卵よりも、むしろ巣のほうが先に目につく。卵はふつう3個ある。たまに1個だけとか、巣と離れたところに転っている卵もある。たぶん何かの原因で、巣に入れぬうちにポロンと腹から飛び出してしまったものであろう。人間ならさしあたり、産院へ急ぐ救急車の中で産ぶ声をあげる場合にたとえられる。

 広場のあちこちにイワシが転々と落ちている。空中から、獲物をみつけては、急降下し、ザンブと飛びこみ、めあての小魚を口にくわえて飛びあがるが、空中での食事中あやまって落したのであろう。これなら六甲アイランドではコアジサシといわないで、イワシサシと名づけてみたいほどである。

 コアジサシにとっては、聖なる地ともいえる抱卵地をウロウロする私たちを鳥たちは許すはずはない。すざまじい勢いで急降下して襲ってくる。この鳥の飛んでいる姿を横からみると、ほっそりしたスマートな印象をうける。体の割りに大きい翼が、しなやかにたわむように羽ばたき、スイスイと空気にのって飛んでいる。まるで空気の中にある流れをみつけて、自由に身をひるがして飛んでいるかのようである。

コアジサシの親子

 それが一転して、羽を拡げたまま、一直線に、人間の頭めがけて急降下してくる。正面に相対すると、まるで飛行機にねらわれている錯覚をするぐらい、体型といい、翼といい飛行機そっくりである。それだけに威圧感をうける。間近に迫ったとき、思わず首がちぢむ。戦中派の私には、あの艦載機に追われた情景があざやかによみがえった。2〜3mまで接近すると、一声、ギャッーと鳴いて、急角度でターンして上空へ飛び去る。一度だけではない。すぐ他のコアジサシの急降下の洗礼をうける。その日、私たちはヘルメットを着用していた。聞けば六甲アイランドのコアジサシはおとなしく、糞の爆弾を落とさない。ところによっては、必ず、白いペンキのように粘り、しがも生臭い魚のにおいの糞をベチャッと頭上に落とすという。

 突如、鳥たちの叫び声がいちだんと高くなった。見れば空が黒くなるばかりのコアジサシの大群である。500〜600羽はいようか、その端に大型の鳥が一羽いる。トビだ。コアジサシの雛をねらって侵入してきた不埒な侵略者である。トビに対して何の攻撃力も持たないコアジサシたちは、束になって、トビの進路をさえぎる。異様な、緊迫した叫び声をあげながら、その前を飛び交う。さすがのトビも見動きがとれずに方向転換をする。すかさずコアジサシトビの背後にまわり、今度は追跡者の集団にかわる。トビの体すれすれに背後に壁をつくって追い立てる。そしてこの追跡の態勢は、トビが六甲アイランドの西端をこえるまでつづく。何だか人間社会の縮図を見るような気がした。武器をもたず一人のカでは抗し得ぬ者たちが、巨大な侵入者に集団となって防禦の壁をつくって対抗していくさまは感動的なシーンである。自分の種族を守るために身を捨てて立ち向うようすを子どもたちに見せてやりたい。

 ところで私たちもコアジサシの雛を探し、やっと1羽だけ見つけた。地面の僅かな凹みにピクツと身を伏せて、全く目立たない。まだ生えそろわぬ羽毛は黄灰色で、斑ら模様の黒点がある。その這いつくばった形は、まるでポテトのようで、頭から背筋に僅かに高まりはあるものの、ケーキ店のウインドに並んでいるポテトを地面においたようである。

 手をさしのべると、ピョンと立ちあがった。ところが、この立ち姿は、見事に均整のとれた、ほれぼれするような水鳥の姿態である。非常に可愛い。しかし、彼女は必死に、自分の背丈ほどもある小石や泥の溝の谷間を飛びこえてチョッ、チョッと走り回って逃げる。この雛も2か月のちには十分な飛翔力をつけて、遠く赤道をこえて南の国へ長途の旅に出るのである。

 神戸市では、このような海辺の渡り鳥のために、六甲アイランド南面に遠来の友を迎える人工の渚をつくる青写真があると聞いた。


コアジサシ チドリ目 カモメ科
 雄雌同色で、体の上面と翼は淡い灰色、体の下面と尾は白色である。額は白く、頭上から後頸にかけて黒い。過眼線は黒く、眼の後方で頭上の黒と合流する。虹彩は暗褐色、嘴は黄〜橙黄色で先端は黒く、脚も黄〜橙黄色である。幼鳥の背面は成鳥に似た地色の中に淡褐色の斑点が散在し、頭頂は黒くなく、背に似た色である。
 嘴峰 28-32mm、翼の長さ 167-192mm、尾の長さ 65-114mm、 16-18mm、開長平均 504mm、全長 約245mm、体重 約55g。

英語名 Little Tern
学 名 Sterna albifrons Pallas

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