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■3.ホトトギスとウグイス −寄生的繁殖者と犠牲者
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3.他人の巣を借りる子育て
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ホトトギスをはじめ、この科の四種はどの鳥も、自分で巣を作ることも抱卵することもせず、他の種類の小鳥の巣に卵を預けて抱卵、育雛をまかせるという寄生的な繁殖習性を持つ。そのことは、特異な鳴き声と共に広く知られており、風変りな繁殖習性は、古くからいろいろな伝説や迷信を生むことになり、生態学者にとっては絶好の研究材料になった。
ホトトギスはウグイスの巣に卵を産みこむ例が多い。センダイムシクイやミソサザイに預けることもあり、そのほかにも多くの仮の親が知られているが、ウグイスにくらべるとその率は低い。
ホトトギスとウグイスでは、大きさがまるで違う。ホトトギスはヒヨドリほどもあるのにウグイスの雌はスズメよりも小さい。モズに托卵するカッコウにしても同じことがいえる。自分よりもずっと小さい小鳥を仮りの親としてその巣に卵を預けて育てさせる。センダイムシクイに預けたツツドリになると、その体格の差は驚くほどである。ホトトギス類の卵が体の割りに小さいのは、この習性に対する適応だといわれている。ウグイスに預けるホトトギスの卵は、ウグイスの卵より、わずかに大きい程度である。色はウグイスと同じ赤味のあるチョコレート色で、このような特異な色彩の卵はめずらしい。両者の卵の特徴のひどく似ていることが、まず宿命的である。小鳥は自分の巣の中にある卵の色が少々違っていても大きさが違っていてもそれほど神経質にならないことは、多くの実験で確かめられている。とくに大きい卵に対しては、その許容範囲が大きいといわれる。ホトトギスの卵がウグイスの卵とそっくりにできているのは、ウグイスが他の色の卵を許すとしても、似ている方がよいことはいうまでもない。
ホトトギスはウグイスのほかにミソサザイにも卵をよく預けるが、その場合は白色に近いミソサザイの卵とは、色も大きさもへだたりはあまりにも大きい。それでも托卵は十分に通用し、成功しているのである。
ホトトギスの卵は平均3gの重さで、ほぼ似た大きさのヒヨドリは、6gの卵を産む。これに比べてウグイスの卵は1.5gほどである。
托卵している場面に立会えることは、偶然中の偶然である。だが、その場面を観察した人の話を総合すると、次のようである。
ウグイスの隙を狙って巣に近づいたホトトギスの雌は、巣のふちに止るなり、すばやく、仮親になるウグイスの卵を一つ嘴でくわえてとり、すぐに向きをかえてごく短時間で自分の卵を産み落とすそうである。ウグイスの巣は、いわゆるおわん型でなく、斜め上向きに巣口のある深いつぼ型で、体の大きなホトトギスがこの巣に卵を産み落とすため巣の中に入ることはできないから、ころがし込むという表現がよいのかもしれない。
一つの巣に預ける卵はつねに1卵である。もし、2卵がある場合は、別のホトトギスが産み入れたと見るべきである。
自分の卵と入れかえに仮親の卵を一つ抜きとるのも、おもしろい習性である。数がふえるとウグイスに見破られるからだと考えられていた。鳥は数にはきわめて鈍いことが確かめられてきたので、この習性が、何を目的として進化してきたか説明しにくくなった。
ホトトギスにしても、カッコウにしても、親鳥の形や模様は、小型のタカによく似ている。それは托卵のため小鳥の巣に近づいたとき、小鳥を追い出すのに威嚇の効果があるからだともいう。事実かどうかは知らないが、机上で考えつきそうな説である。ウグイスの雌が巣に近づいたホトトギスに積極的な攻撃をかけ、その見幕に逃げまどうホトトギスの姿はよく見る光景である。姿だけ見てタカと間違い、逃げ出すような頼りないウグイスがはたしているものかどうか疑わしい。産気づいて血相変え近づくホトトギスの雌は別で、その迫力にウグイスは逃げ出すというのかも知れない。
ホトトギスは、おもに産卵期のウグイスの巣をねらって卵を産み込む。適期の巣がなければ、産卵前や未完成の巣、抱卵初期の巣にも預けたという例がある。産卵期の親鳥は巣をあけることが多く、卵を産み込まれる隙が多いのも一つの理由のようである。それよりも、後で書くように仮りの親ウグイスの卵より先に孵化する必要があるからと見る方がよいだろう。
ウグイスの卵はふつう14日ほどの抱卵期間を経て孵化するが、同時にあたためはじめたホトトギスの卵は、それより2〜3日早くかえる。
孵化したてのホトトギスの雛は、目も開かず、羽毛もなく、裸のままである。ときどき餌をねだるため頭を上げて大きな口を開くだけでウグイスの卵の間にぐったりと横たわっている。
孵化の疲れが癒えると早くも雛は曲者の本性を現わしはじめる。それは、この弱々しい雛にとって、苛酷ともいえる重労働であり、冷血漢ともいえる非情な仕事が待っているのである。大恩をうけた仮親ウグイスの卵を排除しなけれぱならない。
ウグイスの親が巣を出たわずかな隙が絶好のチャンスである。羽毛もない両翼を広げて、ウグイスの卵を探しながら、巣の中を後すぎりに歩きはじめる。卵が背に乗ると両翼で、ころがり落ちないように支え、前に深く垂れた頭でバランスをとりながら、卵を背に乗せたまま巣の内壁をよじ登る。うまく巣のへりに到達すれば、体を起こして卵を外へ捨て、ただちに巣の底にすべり下りる。
しかし、この小さい雛にはウグイスの卵は重すぎる。バランスをくずしては卵もろとも巣の底へ転がり落ちる。ウグイスの親は、そんなに長く巣をあけることはない。一度や二度で成功はしないだろう。1日目に仕事は終るとは限らない。ホトトギスの雛は目に見えて成長する。1日目は無理であっても2日日は力が充実してくる。そして2〜3日もたてば巣内のすべての卵は、巣の下の地面に転る運命になる。ホトトギスは巣を独占したのである。
もし、ウグイスの雛が、先に孵るようなことがあれば作業はさらに難航する。日令が開くほど作業はむつかしくなる。ホトトギスが卵を預け入れるとき、産卵期のウグイスの巣を選ぶのはこのような理由からである。
たとえウグイスの卵が雛になっていても作業の手順には変りない。しかし作業の能率はいちじるしくちがうはずである。
ウグイスの雛が大きくなっていて作業が成功しなかったらどうなるのであろうか。
孵化直後に現われたホトトギスの雛の殺戮(さつりく)本能は3〜4日たてば消滅する。その頃になって卵を戻してやっても、もう無関心である。3〜4日のうちにウグイスの雛の排除に成功しなければ、仮の兄弟として共存することになるのである。しかし、このような例は、自然界ではきわめてまれにしか起らない特異な事件である。ときとして、2羽のホトトギスの雛が一つの巣に共存している例があるのは、同時に孵った雛が、血みどろの決戦をくり返したにもかかわらず、2羽の雛の実力が伯仲して勝負がつかず、本能発現の有効期間内に決着がつかなかったためと解釈される。
さて、作業が順調にはかどり、巣をひとり占めにしたホトトギスの雛は、仮りの育ての親ウグイスの暖かい愛情を一身に受け、目に見えて成長していく。
幼い雛に重労働を課し、仮りの親の恩を仇で返し、そこまでしなくてはならないのは、小さい卵からウグイスの数倍の大きさの体格になるため、それだけ多くの食料を必要とするから、ウグイスの雛の残ることはそれだけ栄養の損失につながり、これは止むを得ない措置であるともいわれる。また、比較の対象になるウグイスの雛が残っていれば、親の愛情が、実の子に向けられてしまうからだともいう。一方、ウグイスは自分の子や卵が巣外に転っていても、いったん巣外に出たものにはほとんど関心を示さない。当然あるべき場所 −巣の中− にあれぱ、それが憎むべきホトトギスの雛であっても親子の愛情の対象なのである。
鳥にみる繁殖期の行動は、あらかじめ組み込まれたプログラム通りにすすめられる。ふだんなら驚くほどの能力を発揮するように見える小鳥たちであるが、予定外のプログラムに対しては、想像もつかない無能ぶりを露呈する。ホトトギスはこの盲点を巧みについて繁栄している鳥といえる。
2週間ほどたって、巣立ちが間近になると、ホトトギスの雛はウグイスの数倍の大きさに成長する。小さなウグイスの巣に入りきれなくなって、巣の上で餌をもらう姿が見られるようになれば、間もなく巣立ちである。親をひと飲みにしそうな大きな口を開けて無限に近い食欲を訴える雛に休む間もなく餌を運びつづけ、近づく外敵から雛を守るウグイスは、そのはげしい労働で羽毛はすり切れ、無残な婆になり、雛の唾液で頭はべっとりとぬれていることさえあるという。
雛がやがて枝移りするようになってもウグイスはその後を追いながらしばらく養育が続けられる。
不似合に大きい雛に餌をあたえるウグイスは、やはり気味悪そうなそぶりをみせることがある。恐ろしい相手に近づくときのように見え、その口に餌を投げ入れるようにして素早く逃げる様子は見ていて不自然である。親子の愛情は人間の考えているものとはまったくちがっている。ウグイスの体内に目覚めた育雛行動の衝動は、止めようもなく、その行動に走らせてしまうのである。
古くは、雛がこのぐらいになると実の親が現われ、仮の親から引き離して連れ去ると信じられていた。子を連れ去られた仮親の淋しそうな姿を表現した文もあった。また、ホトトギス類の鳴き声が、どれもはっきりした特徴をもつのは、雛を呼びもどすために必要だからといわれていた。
最近はそういうことを信じる人はほとんどいない。ウグイスの育雛本能の消滅か、雛の自立によって、仮親との関係が断ち切られ、仮親のもとを去るのだという見方が一般的である。小鳥類の育雛本能の発現期間は、ふつうの育雛にかかる必要日数よりかなり余分に見てあるが、雛が餌を要求するしないにかかわらず、ある日、突然消失するといわれている。
六甲山では遅く産まれた卵が一人立ちできる雛になる前にすでにホトトギスは鳴き終って移動をはじめ、雛と仮親の別れにはたがいに関与できる状態でなくなっている。九月に見た巣立ち雛は、まだウグイスの養育下にあったが、近くにはホトトギスの親はすでになく、他地方から渡ってきたホトトギスがつぎつぎに出現する時期になっていた。この雛が自分で餌がとれるようになり、渡りのための体力がそなわる頃、ホトトギスの渡りはほとんど完了しているはずである。ホトトギスは群れで渡る鳥でないから、この幼鳥も渡りの本能にめぎめ、その衝動が体をゆすりはじめた頃、遅ればせながら独り南の国を目ざしたであろうと思われる。
早い季節に孵化した雛は実の親のテリトリーの中で巣立ち、仮親の保護下で実の親に面会という場面が当然起こり得る。その場面に何度か出会った。ウグイスははげしく警戒の叫びを上げ牽制し、ホトトギスは一段と烈しく鳴く。しかし、冷静な目で見ると我が子に出会ったよろこびとか興奮というものでなく、同種の他個体が接近した場合と同じであると見る方が妥当である。相手が幼ない鳥であることを知れば自分のテリトリーから追い出すような行動には出ないが、我が子に出会ったという特別な意識をもって近づくのではなく、テリトリー防衛の本能から一度はそのような行動に出たのだと考えている。この行動は雄の方が積極的なのも、やはりテリトリー意識の強さからと見てよいと思う。そのとき幼鳥は無反応ではないが、かえって警戒するようすで逃げようとすることはあっても、ついて行くようなことは決してない。1羽のホトトギスを育てるため、ウグイスの1巣分4卵か、5卵が無駄になり、ウグイスにとっては貴重な一繁殖期が無駄になる。ホトトギスの多い地方では、ウグイスの繁殖に相当大きな影響を与えているといわれている。
場所と季節によっては寄生率は4〜6創に達するというから相当なものである。ホトトギス頚は一繁殖期に、10〜15ほど卵を産むと推定されるからその数のウグイスの巣がだめになるわけである。六甲山では、ウグイスの数とくらべてホトトギスの数はまだまだ少ない。私は、ホトトギスの産卵最盛期の6月中旬から7月末にかけて六甲山で見つけた15ほどのウグイスの巣に、たった一例のホトトギスの卵を見ただけである。
参考までに日本に生息するホトトギス科の他の3種について、仮親としてよく使われる小鳥の名をあげておく。
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ホトトギス ホトトギス目 ホトトギス科
雄雌同色、体の上面は暗灰色で、顔、腮、喉は色がうすい。胸から腹にかけて白いが、幅2〜3mmの横縞がある。翼は暗灰色、風切には白斑がある。尾は暗灰色で丸く白い旗紋が横縞状に配列し、各羽の先端は白い。眼瞼は黄色、虹彩は黄〜オレンジ色、噴は黒く、下噴の基部は黄色である。脚も黄色である。雌には、灰色部が赤褐色なる赤色型があらわれる。六甲山の雌には赤色型はかなり高い率でふくまれる。ヒヨドリほどの大きさである。
嘴峰 17〜20mm、翼の長さ 152〜170mm、尾の長さ 120〜150mm、 17〜19mm、開長平均 420mm、全長平均 256mm、体重 55〜75g。
北海道から九州にかけて繁殖するが、冬は小笠原、琉球、中国南部等に渡る。アジア大陸ではウスリー、中国北中部からヒマラヤ、カシミールに分布し、冬はスリランカ、アンダマンなどに渡る。ボルネオ、マレー半島、マダガスカルなどには別の亜種がいる。
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英語名 Little Cuckoo
学 名 Cuculus poliocephalus (Latham)
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