新・神戸の自然シリーズ1 神戸のトンボ
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3-3.トンボの卵の発生のすがた

図3-1.トンボの典型的なものと思われる卵巣と内部生殖器の位置関係を示す図.ov.卵巣小管,eg.卵.lo.側輸卵管,va.膣,sp.受精のう,bc.交尾のう,ag.付属腺,ovp.産卵器官.卵巣小管は1列しか描いていなくて,腹腔内ではもっとかたむいた状態である.写真はショウジョウトンボの卵巣小管(渡辺庸子氏撮影).

 トンボの卵は卵巣で成熟します.種によってちがいはありますが,多くのトンボの卵巣は図3-1のような構造をしていると思われます.卵巣小管といわれる一方が閉じた管で卵が順次成熟していきます.閉じた方の先端部には卵原細胞や若い卵母細胞があって,そこから生じた卵細胞が卵巣小管内に送り出されて一列にならびます.このうち,側輸卵管につながる部分にある卵がもっとも成熟したものになっています.卵はろ胞細胞とよばれる,卵に栄養を与えたり,卵殻などの構造物をつくったりするはたらきをもつ細胞の層につつまれています.排卵時にはこのろ胞がやぶれて卵が側輸卵管に放出されます.

 一方で,オスから受け取った精子は,メスの生殖器の受精のう交尾のうとよばれる部分にたくわえられています.そして,産卵時に卵がを通過するときに,この精子が初めて卵と接することになります.


写真3-9.オニヤンマの卵門.(渡辺庸子氏撮影).
図3-2.トンボの卵割と初期発生.n.核,yn.卵黄核,bl.胚盤葉,vp.腹板,gb.胚帯,s.漿膜,p.原頭葉,am.羊膜.卵黄分割は省略.(Ando, 1962を参考にして筆者が描き下ろす).

 卵と接した精子は,かたい卵殻があるので卵内に入れません.そこで卵殻には精子の通り道が用意されています.これはふつう卵の前極に数個から10個程度あって,卵門とよばれています.頭部を卵内につきさした精子は,その核を卵細胞の中に放出し,卵の核と合体して受精が完了します.

 受精卵はただちに発生を開始します.ムカシトンボでは最初は合体した核が卵の前極よりの中央付近で分裂をくり返します.卵黄の少ないヒトやウニでは核の分裂にあわせて卵全体にも割れ目が生じますが,卵黄の多いトンボの卵ではそういうことはありせん.この時期の分裂を卵割といいます.はじめのうち核は同調的に分裂をくり返し,同じくムカシトンボでは6回程度分裂したころに核は卵の周辺に移動をはじめます.さらに分裂し数を増やしながら周辺にたどり着いた核のまわりに細胞膜がつくられ,その結果卵の表面全体に細胞の層が完成します.こういう卵割の方式を表割といい,できあがった表面の細胞層を胚盤葉(はいばんよう)といいます.

 胚盤葉は卵をルーペでみたくらいではみえないほどうすいものですが,数日後,後極の近くの表面に透き通った感じの白っぽい部分が現れてきます.これを腹板といいます.さかんに細胞分裂がおこわれていて,将来の幼虫の体になる部分()がつくられているところです.胚盤葉のうち腹板をのぞく部分は漿膜(しょうまく)といって卵全体をつつむ膜になります.

 腹板はやがて細長く広がっていき,ヤンマなどの卵ではそれが卵黄の中に陥入し前極の方へのびていきます.卵黄の中に陥入した部分の腹がわはうすい膜(羊膜)があって,卵黄から隔てられています.の陥入口近くに位置する部分はいくらか表面に広がっており,ここは将来の頭になる部分で,原頭葉といいます.つまり頭を下にしてさかさまを向いていることになります.この状態のときは,の腹部に相当する部分ばかりがつくられていき,背中がわに当たる部分はまだつくられません.

 さらに発生が進み,将来目になる部分が認められるようになってくると,やがて,胚反転という劇的なの動きがみられるようになります.今まで下(後極)を向いていたの頭部が卵の内壁にそって上(前極)へすべるように移動し,同時に卵黄の中に陥没していた羊膜のふくろがちょうどくつ下を裏返すようにして外に出てきます.そして,腹部が卵の表面がわに位置し,背中に卵黄をかかえたような状態になります.

写真3-10.オオルリボシヤンマの胚反転.a-d.胚反転(a.胚反転前,b.頭部を出した胚,c.胚反転の途中,d.胚反転の完了).e.完成した胚.(渡辺庸子氏撮影)

 植物組織内産卵をおこなう種では,この胚反転が起きることによって卵内のの頭部が出口(前極)の方に向くことになります.胚反転がなければふ化した幼虫は植物組織内から脱出できないことになります.

 胚反転のあと,背中がわの卵黄をつつむようにの側面から膜がのびていき,やがてすっぽりとつつんでしまいます.これを背閉鎖といい,やっと背中の部分ができたことになります.ヒトでは背中がわ,つまりせき髄の部分が先にできるのですが,トンボではずいぶんあとの方になっています.せき髄に相当する神経のたばは,昆虫では腹がわにあって,腹髄とよばれています.すでにお話ししたように,発生のはじめのうちもっぱら腹の部分がつくられており,そのときに神経(腹髄)もつくられているのです.

 背閉鎖のときに体内に取り込まれた卵黄は,すべての種で確かめられたわけではありませんが,最終的に中腸という消化管の中に残ります.これはふ化後自力でエサをとるようになるまで,1齢幼虫の栄養分になると考えられています.

 たくさんのお話をしましたが,こうやって成熟したはふ化を待つばかりになります.この間,記録では,短いトンボで約6日間のできごとですが,長いものでは240日というのがあります.この長いものはが眠っている(休眠という)からで,くわしくは次の節でお話しします.

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