神戸の自然シリーズ8 神戸の蝶
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 II.神戸の蝶の生態観察例−4.蝶の飛ぶ道(蝶道)と占有性

 山道に坐って休んでいると、クロアゲハカラスアゲハの同じ個体がしばらくの間をおいて、同じ方向に通過して行くのが見られる。時には同じ種類や近い種類の別個体が申し合わせたように、一定間隔で次々と通過して行くこともあるが、続けて見ていると、さきの個体が現れることが多い。ある範囲を、場所が小さければ1頭で、広ければ複数の個体が一定の距離を保って巡回しているのである。その地を通過して他へ移動中の蝶も、そこでは同し道をたどっていくことが多い。

 このような蝶の通って行く道を「蝶道」と呼び、採集家はその道で待ち伏せすると、能率がよいことをよく知っている。蝶道は山道や渓流沿い、林の空間、林の縁り)に沿って見られるが、私たちの感覚とはまた違った道をたどることも多い。蝶道が何によって決まるか、いろいろ議論されてきたがまだわからない点も多い。

 その個体の羽化した場所、食草の群落、吸蜜植物、風向や日照の方向、性別、年令(日令)の経過が蝶道を決める要素の一部であることはわかっている。

 蝶道がどのような目的をもつのかいろいろ考えられているがまだ不十分な面も多く残されている。個体間の距離、密度を適度に保ち、配偶成立の機会均等化など考えられることの一部である。

 飛翔中接近した他個体を追飛することも多いがそれは縄張り(テリトリー)の表現である。縄張りの目的についても、鳥や哺乳類のような高等な動物と同じように考えては大きな誤りをおかす危険がある。アゲハチョウ科のように長時間飛びつづける種類は、大体蝶道をもって巡回しつづけることになるが、すぐに止るような種顆では、蝶道を巡向するような方法をとることはできない。地上や葉上に静止していて、ときどきその近くを飛んではもとの位置にもどる、いわば静止型の占有を見せることになる。丘陵の山頂附近でアカタテハヒメアカタテハキアゲハが、日だまりの道路の一定区間ではコミスジミヤマセセリが、クヌギやコナラの葉上ではミドリシジミの類がそのような動作をみせ、近くを通る他の蝶や時には小鳥さえも追って飛立つ。このような習性をみせるのは通常雄である。

(観察例)
 私はかつてアオスジアゲハ雄の同じ個体が、3週間にもわたる長期間、林の間の空間の狭い範囲(10×20m)を占有し旋回をくり返すのを観察した。その区域内には吸蜜植物のカラスザンショウヤブカラシの花があり、クサギの大株もあったが、吸蜜はおもにヤブカラシで行ない、それに使う時間はわずかであった。小きぎみで活発な羽ばたきで滑翔を多くまじえ、高さ3〜5m地上からの高さ、ヤブカラシの花からでは1〜3mを保ちながら5〜6分間旋回を続けては日向の葉上で翅を広げ たまま2〜3分間休憩をとるが、その場所は不定であった。明るい曇りの日も同し動作が見られた。毎日9時頃になると決ったように、どこからか突然現れ、3時頃から後は見られなくなった。その時間帯は、晴天ならば日光がよく当る時間である。雨の日には来なかった。性別確認と標識をつけるため、1度ネットに入れたが20分間ほどで戻って来て、同じ動作を示した。この個体が留守にしたり休憩したりしても、この領域に侵入する個体はなかった。上空を通過するアゲハアオスジアゲハゴマダラチョウなどには追飛をかけ、特に同種のアオスジアゲハと接した時は、視界から消えるほど遠くまで追うことがあった。観察期間中、配偶成立は1度も観察しなかった。なお、この地点より約50m隔ってヤブカラシの大きな群落があり、そこには常に20〜50頭のアオスジアゲハ、5〜10頭のアゲハが群がっていた。無作意に約20頭のアオスジアゲハを採集してみたが、すべて雄で新鮮個体からかなり飛び古した個体までさまざまであった。この花に来るアオスジアゲハは、上記のアオスジアゲハのような占有行動は示さなかったし、この付近の他のアオスジアゲハで、同様の行動を示すものは見当らなかった。個体の成熟度に関係しているのではないかと思われるが、それにしても他に新旧各段階の多数のアオスジアゲハがどれもこのような行動を示すことがなかった点に疑問が残っている。


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